藤岡信勝(拓殖大客員教授)

ユネスコを支える日本の資金


 日本はユネスコ(国連教育科学文化機関)に対して、莫大な分担金を支払っている。2014年度の分担金の国別の比率は次の通りである。

【1位】アメリカ 22%

【2位】日本 10・834%

【3位】ドイツ 7・142%

 途中を省略して、

【9位】中国 2・06%

【11位】韓国 1・85%

 ここで1位がアメリカとなっているが、アメリカは実は過去2年間、分担金を支払っていない。理由は、パレスチナがユネスコに加盟したことに反発し、イスラエルとともに支払いを凍結したというもの。アメリカはパレスチナと対立するイスラエルの味方なのだ。

 そういうわけで、日本が現在、世界中の国の中で最大の分担金を支払っている。その実額は、米ドルで3537万3000ドル。しかし、この他に、各国政府が自ら支払う拠出金というものがある。これが、957万5000ドル。合計4494万8000ドル。円に換算すると、約54億円。これが、あなたや私が支払った税金でまかなわれている。この膨大な金額の支出金が、2200人あまりの職員(うち日本人50人あまりを含む)をかかえるユネスコを財政的に支えているのである。だから、その日本は、ユネスコに対し最も発言権がある立場にいるはずだ。

「強制労働」を認めた歴史戦最大の敗北


 ところが、実態はその逆である。そのよい例が、つい先日のユネスコの世界遺産登録問題の顛末だ。日本は明治日本の産業革命遺産をユネスコの世界遺産に登録申請した。これに韓国政府がイチャモンを付け、6月に日韓外相会談で、「forced to work」という、日本として認めるべきではない、「強制労働」を意味する言葉を使って日本政府が声明を発することで合意した。さらに韓国政府は、この合意すら裏切る行為を、ドイツのボンにおける最終決定の段階で行った。分担金わずか2%にも満たない韓国が、分担金を5倍出している日本を振り回しているのである。

ユネスコ世界遺産委員会の会場前に設置された、「明治日本の産業革命遺産」の世界文化遺産への登録に抗議する韓国の団体のテント=2015年7月2日、ドイツ・ボン(共同)
 元ユネスコ大使の木曽功氏は、日韓外相間の政治決着自体が「非常に残念」であるという。「なぜなら、政治決着とは、世界遺産に政治問題をリンクさせることに他ならないからです。徴用がはたして、韓国が主張する『強制徴用(Forced Labor)』と呼ばれる酷いものだったかどうかはまさしく歴史認識の問題で、それは世界遺産とは離れたところで議論・解決すべきことです」(『世界遺産ビジネス』小学館新書、2015年)。

 全く同感であり、私も当時、なぜこれを外交問題にするのか、日本政府のやっていることがさっぱりわからなかった。このような筋違いなことを始めた失敗ばかりでなく、日本政府が朝鮮人徴用工の「強制労働」を初めて認めるという大失態を犯した。今後、軍艦島は「忘れられた東洋のアウシュビッツ」といった打ち出しで、話が捏造されていくだろう。現に韓国で映画化が進んでいるともいう。

 多くの日本国民は、事情を知れば、世界遺産に指定されることと引き替えに、日本がアウシュビッツの捕虜収容所と同等の施設をもったホロコースト国家であったという、壮大な嘘を製造されるキッカケを、他ならぬ日本政府がつくったことを許さないだろう。これは、今年の歴史戦の中での最大の敗北といえるものになる可能性がある。

ユネスコ記憶遺産とは


 明治の産業革命遺産の世界遺産登録問題に続いて浮上しているのが、ユネスコ記憶遺産への、「南京大虐殺」と「慰安婦=性奴隷」をテーマとした中国による登録申請の問題である。この件については、本誌十月号で高橋史朗氏が「《南京30万人虐殺》に加えて《慰安婦40万人》-大虚説を掲げる中国の世界遺産申請を許すな」というタイトルの論文で詳細な報告をしている。ここでは、はじめに記憶遺産についての補足的な説明をし、ついで問題点をまとめてみたい。

 ユネスコが「世界遺産条約」(世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約)を総会で採択したのは、1972年だった。人類が後世に残すべき貴重な遺跡、景観、自然などを保護・保存することが目的だった。世界遺産については最近よく知られるようになった。

 これに対し、ユネスコ記憶遺産の登録が始まったのは1997年からだ。英語名は、Memory of the World(MOW)という。直訳すれば「世界記憶遺産」となるはずで、現にそう呼ばれることもあるが、それは俗称で、正式には「ユネスコ記憶遺産」が正しい呼称とされている。

 ユネスコ記憶遺産とは、遺跡と異なって持ち運び出来る「可動文化財」で、保存の危機に瀕した歴史的に価値の高い古文書、文献、写真、映像などの記録物を人類共通の遺産として保護・保存することを目的とする。

 今まで記憶遺産に指定されたものを例示すると、「マグナ・カルタ」(英国、2009年)、「人権宣言」(フランス、2003年)、「アンデルセンの原稿筆写本と手紙」(デンマーク、1997年)などがある。なるほど、これらの原本を保存するのは価値のある事業だと納得できるだろう。日本からは、「山本作兵衛による筑豊炭鉱の記録画」(2011年)、「慶長遣欧使節関係資料」(スペインとの共同推薦、2013年)、「御堂関白記」(2013年)の3件がすでに登録されている。

 記憶遺産に登録されると、「歴史的に貴重な資料」であると公式に認められ、最新のデジタル技術を駆使して保存され、研究者や一般人に広く公開されることになる。

非常識な中国の申請


 中国はかつて「清の科挙合格者掲示」(2005年)など、私も見たいと思うような「真面目」な記憶遺産の登録をしてきた時期もあった。ところが、中国は、オランダが2009年に「アンネの日記」を登録してから、ユネスコのこの事業を反日プロパガンダに利用できると思いついたようだ。中心になって推進したのは、南京市にある南京大虐殺記念館の朱成山館長だとされる(9月8日付産経新聞)。

「南京大虐殺・慰安婦性奴隷の記録」ユネスコ記憶遺産への中国政府の申請に反対する表明。(右から)阿羅健一氏、高橋史朗氏、藤岡信勝氏=2015年9月7日、東京・内幸町の日本記者クラブ(長尾みなみ撮影)
 中国の申請には、次のような重大な問題点がある。

 第1に、最も根本的なことだが、中国の申請はユネスコ憲章の精神に反する非常識な申請だということだ。

 ユネスコ憲章の前文には、「戦争は人の心の中で生れるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」という有名な書き出しの一節がある。締めくくりは、「平和は、失われないためには、人類の知的及び精神的連帯の上に築かなければならない」となっている。

 ところが、今回の中国の提出している南京大虐殺なるものは、戦時プロパガンダとして捏造された事件であり、史実ではない。戦時プロパガンダをユネスコ記憶遺産に登録しようとすることは、国民の間の旧敵国に対する憎悪と憎しみを助長し、「人の心の中に戦争を起こそう」とする行為であるといっても過言ではない。中国のしている行為は、国連憲章の理念に反することが明白な、非常識なものである。

日本はもう金を出すな


 第2に、ユネスコ記憶遺産の事業目的にも反している。「記憶遺産はそもそも戦争や災害で紛失の危機にある文書などを保存し、後世に残していくための制度だ。政治的に利用されることを想定していないのだが…」と、政府関係者はもらしているという(前掲産経記事)。

 第3に、南京大虐殺に関して提出されている写真資料は、すでに日本側の研究で、何ら南京事件について証拠能力のないものであることが証明されているものばかりである。ただの一枚も、南京虐殺を裏付けるものはない。

 第4に、提出された写真資料の中には、著作権を侵害したものもある。中国で民家を利用した慰安所の写真が提出されているが、その著作権は、写真の撮影者である旧日本軍人から、その娘に当たる福岡県在住の医師に引き継がれている。その写真が許可無く使用されているのである。

 このように、一つひとつの史料は、中身のない、虚偽を重ねた、全く文化的価値のないがらくたの山である。しかも、遺憾ながら提出された各種の写真は多数の日本の出版物に掲載されており、希少性もない。

 10月上旬にアブダビで開かれる最終の審議会では、14人の委員の多数決をとり、ボコバ事務局長が最終判断をして決定することになる。

 韓国政府は、早くも強制動員された人々の口述記録など33万余点を記憶遺産に申請することを検討しているという(9月14日付朝日新聞夕刊)。もはやとどまるところを知らない。

 最後まで日本政府は中国の申請の登録阻止に力を尽くしてもらいたい。しかし、ここでハッキリ言おう。もし中国側の申請が通るようなら、日本はユネスコへの資金の拠出を一切拒否すべきである。それは理念的にも資金的にも、ユネスコの死を意味するだろう。

ふじおか・のぶかつ 昭和18(1943)年、北海道生まれ。北海道大学教育学部卒。東京大学教授などを経て現職。平成7年、自由主義史観研究会を組織、「新しい歴史教科書をつくる会」前会長。著書・共著に『教科書が教えない歴史』(扶桑社)、『汚辱の近現代史』(徳間書店)、『国難の日本史』(ビジネス社)など多数。