田原総一朗(ジャーナリスト)

 日本の原子力政策の一番の問題は総合戦略がないことだ。使用済み核燃料の再処理は青森県六ケ所村でやろうとしているんだけども、そもそも再処理するっていうのは何かというと、プルトニウムを作るってことなんだね。プルトニウムというのは、ご存じの通り原爆の材料でもあるんだけど、いま日本には47トンもあって、こんなにプルトニウムがあってどうするんだという議論が続いている。

 実は、福井県敦賀市にある高速増殖炉「もんじゅ」は、普通の原発の燃料がウランなのとは異なり、プルトニウムを燃料として稼働する。しかも、もんじゅでプルトニウムを燃やすと、燃やした以上のプルトニウムが抽出できるという、まさに「夢の原子炉」になる計画だった。

(瀧誠四郎撮影)
 でもね、もんじゅは計画から半世紀近くが経とうとしているのに、いまだに稼働してない。いや、稼働できる当てすらないんだよ。当てがないのになんとなく、国はもんじゅを使うつもりでいるの。この辺りのいいかげんさというか、総合戦略のずさんさ。というより、何か起きるとみんな怖いから、誰も責任を取りたくない。はっきり言って、責任体制が全然明確じゃないんだよ。

 ちょっと前に問題になった国立競技場の話だってそう。当初の総工費は1300億円だったのに、なんで2520億円にも膨らんでしまうんだって、誰もが思ったはず。責任省庁は文部科学省なんだけど、最後まで責任を擦り付け合うように逃げ続けた。原発もそうなの。僕はね、ここに一番の問題があるんだと思う。はっきり言って、使用済み核燃料の再処理はもうやめた方がいいと思ってる。日本は核燃料サイクルを国策として掲げているけれども、こんなことはさっさとあきらめて、原発から出た核のごみは埋めてしまえばいいんだよ、とりあえずは。再処理からプルトニウムをつくって、もんじゅで再利用するっていう夢のような話があまりにも曖昧だから、みんな核のごみについて異常な拒否反応を示してしまう。こんなことだから、原発再稼働も反対とかいうムードになってしまうんだよ。

 もちろん、埋める場所の選定は難しいだろうけど、国がその気になれば絶対に決まる。核のごみをどうするのか、実は政府も本気になって考えていない。絶対に埋めるっていう覚悟がない。まだ、もんじゅを動かそうとどこかで思ってる。いま、アメリカなんかは頑丈な鉄の容器でいったん地中に埋めておいて、40年、50年先になるかは分からないけど、いつか使用済み核燃料を安全に処理できる技術を確立する可能性があると信じている。

 日本では、原発アレルギーが極端だから、地層処分自体に反対する声も大きいけど、それは感情的な反対であって、現実的な問題から目をそらしているに過ぎない。それと、もう一つは、国に総合戦略がないから、反対派の人たちに痛いところ突かれるとみんな曖昧に答えて、及び腰になってしまう。要するに、この問題はすべてが曖昧なんだよ。

 つまり、東京電力の福島原発で事故が起きた。これがすべての問題なわけでしょ。2008年に、1100年前の貞観地震のときには福島の浜通りでも15メートルの津波が襲ったという歴史的事実が明らかになった。それでも、福島原発は10メートル以上の津波を想定した対策を取れなかった。分かってはいても、そのうち何とかしようっていってるときに、東日本大震災が起きた。あのとき自家発電装置を15メートル以上の高さに置いておけば、実は何とかなったかもしれない。

 核のごみについては、国民の理解が深まらないっていう話をよく聞くけど、そもそも責任体制ができてないのに理解が深まるわけないんだ。誰も説明できないんだから。いまやらなきゃいけないことは、とにかく核のごみをこれからどうするんだということをまず検討しなきゃ。たとえば、2030年の電力エネルギーの比率をどうするんだって経済産業省が試算したけど、再生可能エネルギーの比率を多くしようと決めたのは結局、経産省でしょ。でも、さっき言った核燃料サイクルの肝心なところは文部科学省の管轄だよね。日本の原子力政策のいま一番の問題はね、繰り返しになるけど、やはり総合戦略がないことなんだ。(聞き手 iRONNA編集長、白岩賢太)