中西 享 (経済ジャーナリスト)

 最近、電車の中でも専用端末やスマートフォンで電子書籍を読んでいる人を見かけるようになってきた。数年前から電子書籍を読むための専用端末などが販売され、紙との同時発売が増えたことなどから電子書籍の市場が徐々に拡大してきている。

 しかし、市場の7~8割はコミックが占めており、雑誌や人気作家の小説などのジャンルにいかにして広げていくかが課題になっている。ノーベル文学賞に最も近いといわれている村上春樹の作品は、日本語では電子化されず紙のみで提供されており、読者層を増やすためには人気作家をいかに説得するかもポイントになる。


「本格的な拡大期」


 電子書籍の市場を調査しているインプレス総合研究所によると、2013年度は雑誌と書籍を合わせた電子書籍出版の市場規模が初めて1000億円を突破し、「本格的な拡大期に入った」と分析し、18年度には3340億円にまで伸びると予測している。だが、1兆6065億円(2014年)といわれる出版市場全体からみると13年度の電子書籍の売り上げは6%程度しかなく、電子書籍が既に3割以上になったといわれる米国と比べると割合が小さい。

 手軽にいつでもどこでも読めるスマートフォンや専用端末の保有者が増えたことに加えて、電子書籍を配信する書籍ストアの取り扱いコンテンツが拡大し、携帯電話会社による定額制読み放題サービスなどが始まったことで読者の層が広がってきた。

 専用タブレット端末「キンドル」を12年から日本で販売しているアマゾンの玉木一郎キンドル事業本部長は「『キンドル』で読める本は現在コミックを含めて30万冊を超える品ぞろえがあるが、これをさらに充実させ、価格については読者の納得感のある価格にしたい」と話す。6月30日に高解像度の新モデル『キンドル ペーパーホワイト』を発売、専用端末市場で攻勢を強めている。

 同じく専用端末と電子書籍を販売している楽天の糸山尚宏Koboジャパン部マーケティンググループマネージャーは「文芸書を含めた電子書籍の総合書店を目指したい。市場規模は10倍以上ある」と、9000万人を超えた楽天グループ会員数を背景に強気の予想をする。

 米国の場合、紙と比べて電子書籍の価格が半額以下になる「価格破壊」が起きたことで大きく伸びた。電子書籍は定価で販売しなければならない紙の書籍と違い、電子書籍ストアや出版社が値段を自ら決めることができる。だが日本の場合、人気のある新刊書はコミックを含めて紙と同じ値段で発売され、下がったとしても紙の7~8割で販売されるものが多い。「納得感」のある値決めをどのように決めるのかも重要な課題だ。

増える紙と電子の同時発売


 数年前は紙と電子を同時に出すと、「紙が電子に食われて売り上げが落ちる」ことを心配する出版社が多かったが、最近は「同時に出すことによる相乗効果」を期待するところが多くなっている。コミックは数年前から同時発売が当たり前になり、雑誌、単行本などのジャンルでも同時発売が増えてきている。


 会社全体で電子化を推進している講談社は「同時発売にしたことで電子書籍の売り上げが増え、14年は13年と比較して電子書籍事業は6割伸びた。これからは宣伝ではないプロモーションを積極的に行い、SNS(ソーシャルネットワークシステム)なども使いながら、多くの人に発売されたことを気付いてもらえるような方法を考えたい」(吉村浩・デジタル・国際ビジネス局次長)と話す。昨年ヒットした小説では池井戸潤の「ルーズヴェルト・ゲーム」「鉄の骨」などが売れたという。

 それでも新潮社で電子書籍を長年、手掛けてきた柴田静也開発部長は「コミックはまだ伸びる要素はあるが、文字ものは厳しいのではないか。大量の出版物が出る中で小さな電子画面に発売したことを知らせるのは不可能で、多くの本を並べて見せられる書店と比べて圧倒的に不利だ」と指摘する。昨年ヒットした本では、初版は1986年から92年にかけて刊行されたものだが、沢木耕太郎の「深夜特急」が良く出たという。

 新潮社は同社のWebサイトで展開した村上春樹の質問&回答集「村上さんのところ」を、今年7月に紙と電子書籍で発売する。村上作品は英訳された電子書籍はあるが、日本語での電子化作品はこれが初めてという。小説の分野では作家の多くが作品の電子書籍化に抵抗感がなくなってはきているが、東野圭吾、宮部みゆきといった人気作家は依然としてヒット作品の多くは紙に限定している。このため、読者からは「読みたい本が電子化されていない」という不満がある。

印刷、書店も試行錯誤する


 印刷大手も電子書籍に積極的に取り組んでいる。08年以降に丸善やジュンク堂書店といった大手の本屋をM&A(企業の合併・買収)によりグループ傘下に入れてきた大日本印刷は、紙も電子も買えるハイブリッド型総合書店サービスを目指そうとしている。グループの書店やネットストアで本を買うと電子書籍用優待クーポンを提供するなどして、デジタル(電子書籍)とリアル(紙)の区別なく本をより多くの人に読んでもらおうという作戦だ。


 これを実現するため大日本印刷はトゥ・ディファクトという会社を10年に設立、紙の本、電子書籍を買うとポイントがたまりさまざまなサービスの提供が受けられる「honto」会員の登録数が5月に280万人を突破した。

 加藤嘉則トゥ・ディファクト社長は「18年までにはこれを1000万人にまで増やしたい」と話し、デジタルとリアルの両方の店舗を持っている強みを生かそうとしている。さらに今年4月には紀伊国屋書店と合弁で出版流通イノベーションジャパンという会社を設立、デジタルとリアルの両面でアマゾンにはない流通サービスを構築しようとしている。

 凸版印刷は電子書籍の市場をつかもうと新会社Bookliveを11年に設立、レンタルショップのTSUTAYAと資本提携し、顧客に関するデータを活用しながら会員数を増やそうとしている。

 95年からパソコンを使って電子書籍配信サービスを始めたパピレスは、07年から電子書籍のレンタルサービスを開始、昨年6月からは雑誌や実用書の中から好きな記事だけを40円~60円で読める独自のサービスも始めた。コミックでは読み始めると自動的にコミックが動き出す次世代コンテンツ「コミックシアター」もスタートさせ、コミック層を取り込もうとしている。

 各社は電子書籍の利便性を知ってもらおうと新しいサービスを次々と提供しているが、いずれも試行錯誤の段階。電子書籍を出版する29社が加盟している日本電子書籍出版社協会の吉澤新一事務局長は「電子書籍はプロモーション、マーケティングの手法がまだ確立していない。世の中に認められるためには、例えば読み上げソフトが使えるなど、電子書籍ならではのものが必要ではないか」と指摘する。電子書籍にブレークスルーが起きるためには、さらなる工夫と努力が求められている。