佐藤仁(情報通信総合研究所 副主任研究員)

 紀伊國屋書店は2015年8月21日、日本を代表する作家である村上春樹氏の新刊『職業としての小説家』(スイッチ・パブリッシング)の初版10万冊のうち9万冊を出版社から買い取り、自社店舗や全国の他の書店に供給することを発表した。2015年9月10日から販売を開始する。

 ネット書店に対抗し、注目の新刊書を全国の書店に広く行き渡らせることによって『出版流通市場の活性化を行うこと』が狙いであるとして、リリース内でも『ネット書店に対抗する』ことを宣言している。

 紀伊國屋書店は「紀伊國屋が独占販売するのではなく、大手取次店や各書店の協力を得て、注目の新刊書をリアル書店に広く行きわたらせ、国内の書店が一丸となって販売する新しいスキーム」としている。

 紀伊國屋が2015年4月に大日本印刷と設立した合弁会社「出版流通イノベーションジャパン」が検討を進めている買切り・直仕入というビジネスモデルの一つのパターン。

リアル書店は活性化されるのか?


 ピンポイントで購入したい本がある場合、その本を購入するのはネットの方が便利だ。

 池上彰氏のような方が「リアルな書店に通って、そこに並んでいる本を見ることで世界が見えてくる」と説いても、忙しい人はそんなに頻繁にリアルな書店に通うことはできない。夜も10時くらいには閉店してしまうところが多い。

 たしかにリアルな書店の新刊コーナーや興味ある棚を眺めるのは、世の中の流れもわかるし、楽しいことではある。しかし、忙しい人にとってはネットで書籍を購入して、都合の良い時間に職場なり自宅に配送してもらう方が遥かに楽で効率的である。

 リアルな書店で村上春樹氏の新刊とともに、ついでに他の本も買ってみようという人もいるだろうが、それはネットでもできる。むしろネットの方が頼みもしないのに、勝手に『よく一緒に購入されている商品』や『おすすめ商品』が表示されており、ついつい見てしまう。

これからも人気作家の新刊を買い占めていくのか?

 今回は村上春樹氏のような有名作家だから、初版の90%を買い占めても、売り切れると見込んでいるのだろう。そして話題になれば、村上春樹氏の新刊がすぐに欲しい人は、最初からネット書店でなくてリアルな書店に足を運ぼうという人も多いだろう。

 しかし、これからもリアルな書店は、有名作家が新刊を出すたびに『ネット書店への対抗』として、毎回このような『買い占め』を行うのだろうか。そうなると体力勝負になり、相当なリスクも伴うのではないだろうか。本当にリアルな書店は活性化されるのだろうか。

書籍はどこで購入しても基本的には同じ


 書籍はどこで購入しても基本的には同じである。それがネット書店であれリアル書店であれ、その中身が異なることはない。

 これは書籍だけでなく、どのような商品にも当てはまる。例えば、ネットで『同じ商品』を購入する場合、アマゾンで100円のものが、楽天で1,000円もするようなことはない。そうなるとユーザーはいつも利用しているネットショップを利用することになる。なぜなら新規の登録など面倒な作業が不要だし、ポイントが溜まるからである。『同じ商品を購入するんだったら、いつも使っていて慣れていて、ポイントが溜まるショップで購入した方がお得でいい』ということになる。

 村上春樹氏の新刊をリアルな書店で購入した人が、次に別の本を購入するときに、またリアルな書店で購入するだろうか。『いつものポイントがつくネット書店』に戻ってしまうのではないだろうか。

 リアルな書店も新刊の『買い占め』でなく、もっと違うところで付加価値を出して、集客をした方が良いのではないだろうか。
(『Yahoo!ニュース個人』より2015年8月24日分を転載)