[世界潮流を読む 岡崎研究所論評集]

岡崎研究所

 5月18日付の英フィナンシャル・タイムズ紙で、ギデオン・ラックマン同紙主席外交論説委員が、オバマ大統領が推進するTPPは、中国の勢いを削ぐことにはならないだろう、と論じています。

 すなわち、オバマ米大統領はなぜTPP締結に必死なのか。公式には貿易障壁を撤廃し、繁栄を確保するためというが、本当の答えは中国である。

 TPPは中国を排除した米、日本を含む12か国の貿易取り決めである。ワシントンでは農業、為替、知的財産権が議論されているが、オバマと安倍の動機は戦略的である。

 米外交問題評議会のロバート・ブラックウエルとアシュリー・テリスは、「中国をリベラルな国際秩序に統合する努力は逆効果で、今や中国のパワーが米国のアジアでの優越を脅かしている」、これを押し戻すために「米国は意識的に中国を排除し、友好・同盟国と特恵的貿易取り決め」を結ぶようにと提言している。これはTPPのことである。

 日本にとっては、この戦略的動機はさらに強い。安倍総理は中国の台頭を恐れ、TPPを日米同盟強化のために重要とみている。米議会での演説で、この取り決めは「民主主義と自由」という観点から、その戦略的意義は大きい、と述べた。

 これらの発言には、日米両国の中国の台頭への恐れが反映されている。南シナ海では中国は埋め立てを進めている。米国はAIIBへの主要同盟国の参加を阻止できず、AIIBは中国の「一帯一路」政策の道具になっていくだろう。
 オバマ政権はTPPを、米国のアジア・リバランス政策が生きていることを示すものとしている。

 しかし、TPPはそれに求められている戦略的期待を満たすことにはならない。

 第1に、まだ合意ができ、国内的支持が得られるか、不明である。

 第2に、中国がアジア経済の中心になるのを阻止するには遅すぎる。すでに中国はTPP参加国の最大の貿易相手国である。TPPの交渉外の韓国・インドにとってもそうである。

 オバマがTPPについて苦労している時、インドのモディ首相は訪中し、220億ドルの取引に署名した。ただモディは中国の台頭は懸念しており、米国がアジアでの軍事プレゼンスを強化するのを奨励している。

 米国はまだアジア・太平洋で支配的な軍事強国であるが、中国は卓越した経済強国である。TPPはそれを変えるには効果が小さすぎ、かつ遅すぎる、と述べています。

出典:Gideon Rachman‘Obama’s Pacific trade deal will not tame China’(Financial Times, May 18, 2015)

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 政策の議論に際して、その政策が達成しようとする目的が達成可能か否かは、重要な論点です。ある政策に反対するために、その政策が達成しようとする目的を恣意的に設定し、その目標達成にならないという議論をすることがよくあります。この論説はそういう議論の典型です。中国は、現在アジアで卓越した経済強国ですが、TPPはそれを変えられないと言います。これはTPPなど無意味という印象を与える論議です。

 TPPは、アジアでの貿易秩序を自由貿易をベースにしたものにするという意味で、大きな意義があるでしょう。中国も国家資本主義的なやり方ではなく、TPPに参加できるほどの本当の市場経済化、貿易自由化を進めることが望ましいです。それにTPPは参加各国の経済成長にもつながります。特に日本にとっては、成長戦略を推し進めていく起爆剤にもなり得ます。この論説が言うように、TPPで中国の台頭を止めることはできないと思いますが、TPPはそれでも、対中戦略、参加国経済の強化の面で大きな意義があります。その意義を多面的に考えて、過大期待も過小評価もしないことが肝要でしょう。

 中国の台頭に関しては軍事面での台頭を注意深く見ていく必要があります。経済の問題と安全保障の問題は違う性格を持ちます。プラスサム・ゲームとゼロサム・ゲームほどの違いがあります。最新の戦闘機の軍事バランスの維持は、TPPの成否よりアジアの平和にとっては重要でしょう。