吉崎達彦(双日総合研究所チーフエコノミスト)

 9月30日から10月1日の2日間の予定で始まったアトランタでのTPP閣僚会議は、何度もの延長を経たうえで、とうとう10月4日(日本時間5日夜)に実質合意に達しました。交渉全体が始まってから丸5年、日本が交渉に参加してから約2年半、とうとうゴールしたと思うと感慨に絶えません。

 本誌も過去5年間に、何度もTPPを取り上げてきました。その間に悲観と楽観の間を何度も行き来して、判断がブレまくったような気がしています。合意できて本当に良かったけれども、これから先も結構大変なことが多いと思います。国内、そして海外はこれからどう変わるのか。「TPP合意後」の情勢を考えてみたいと思います。 

大化けした?日本の通商チーム

 アトランタで行われていたTPP閣僚会議の最終局面を見ていて、お世辞でもなんでもなく、わが国の交渉姿勢はずいぶん進化したものだと感心した。

 かつて通商交渉の最終局面と言えば、日本は他国に「押し切ってもらう」のを待っているような情けない存在であった。ウルグアイラウンドでは、農業分野を守ることが最優先課題とされ、交渉の自由度は極めて小さかった。つまり「Aを捨ててBを取る」という交渉の基礎動作ができなかった。だから、口を開けば「日本の特殊性」に理解を求めるばかりで、日本としての要求を通すどころではなかった。

 さらに交渉に際しては、いくつもの省庁の思惑が複雑に交錯し、政府全体としての方針が定まっていなかった。「日本政府は誰と話をすればいいのか分からない」などと揶揄されたものである。 

 その点、今回のTPP交渉における日本チームは全く違っていた。「ワールドカップにおける日本ラグビーのようだ」と評すると、さすがに褒め過ぎになってしまうだろうが、それでも往時を記憶する者としては隔世の感がある。

 なにしろ最終局面で残っていた難問は、米国と豪州間のバイオ医薬品などであって、日本チームはほぼ仕事を終えていた。しかも対立する米豪の間で仲介役を果たしている。交渉の足を引っ張るどころか、ちゃんと全体に貢献していた。少なくとも、「日本が足手まといになっている」といった批判はついぞ聞かれなかった。 

 押す、引くの頃合いも、ちょうど良いくらいだったのではないか。報道によれば、日本が関税をかけている9,018品目のうち、約95%が撤廃されるとのこと。国内公約通り「農産物5品目」の関税を完全に維持していれば、撤廃品目は93.5%に留まる計算であった。すなわち「公約破り」になったわけだが、逆に言えばそれだけ踏み込んで高いレベルの自由化を実現したことになる。ちなみに農水省が撤廃を決めたのは、輸入実績の少ない品目が中心なので、「実害」はそれほど大きくはないはずである。 

 本誌が初めてTPPを取り上げた2010年11月11日号では、「FTA交渉で立ち遅れ気味の日本がTPPに参加するのは、かなり無謀な試み」「走り高跳びが出来ない人に、棒高跳びをさせようというに等しい」などと評している。それが5年後には、いきなり11か国との間でレベルの高いFTAを結んでしまった。もはや日本を「周回遅れのランナー」と見なす者はいないだろう。この間、押すべきところは押したし、切るべきカードは切った。通商交渉の世界において、日本はちゃんとしたプレイヤーとなっていたのである。 

TPP交渉について記者の質問に答える甘利TPP相=2015年10月4日、米アトランタ(共同)
 どこが良かったか、といえば指揮命令系統がはっきりしていたことであろう。TPP交渉に参加するときは、交渉窓口を「TPP担当大臣―首席交渉官」というラインに一本化しなければならない。これなら国内がバラバラになって、「真の敵は××省」などという同士討ちにならなくて済む。1995年の日米自動車摩擦がそうであったように、単独の省庁が「一所懸命」で行う通商交渉では、日本は意外としぶとさを発揮するのである。 

ところで、内閣官房のHPでわが国のTPP交渉体制を確認すると、「国内調整統括官」というポストがあって、首席交渉官と同格の扱いになっていることが分かる1。組織が発足してから既に2年半を経過しているのに、このことはほとんど知られていない。 国内調整統括官を務めているのは財務省出身の佐々木豊成氏。主計畑を長く務め、直前には内閣官房副長官補であったが、2013年4月にTPP政府対策本部が発足した際に一種の降格人事のような形で現職に就いている。 

 TPPの交渉期間中、農業団体などによる反対運動はきわめて抑制されたものであったが、このポストが有効に機能していたことは想像に難くない。国内が平静さを保っているからこそ、外に対して思い切った行動ができるというもの。「国内調整統括官」ポストは、今回の合意における「隠れたMVP」なのではないだろうか。 


通商交渉で米国の地位は低下

 さらにアトランタ会議の最終局面では、ふらつきがちなフロマン米通商代表に対して、甘利TPP担当相が厳しい注文をつけるシーンがあったと伝えられている。他の10か国の代表は、おそらくテーブルの下で秘かに拍手を送っていたのではないかと思う。

 かつて、米国が世界のGDPの半分程度を占めていた頃であれば、他国は対米輸出を伸ばすためには我慢を厭わなかった。「ファストトラック」(今のTPA)という制度が典型的だが、GATTなどの通商交渉などにおいて、米国議会が特権的な地位を有することも「致し方なし」と受け止められてきた。 

 ところが今では、米国経済の相対的な地位は低下している。日本も含めて、今や「最大の貿易相手国は中国」という国が100か国を超えている。これでは米国を特別扱いする理由は乏しい。今週のThe Economist誌では、カバーストーリー”Dominant and dangerous”おいて、「米国の経済力が相対的に小さくなっているのに、依然としてドルが圧倒的な支配力を有している」ことによるコスト、という問題を提起している(本号のP7-8を参照)。まったく同じことが通商交渉の世界にも当てはまる。 

 米国が少々頼りない中で、他の交渉参加国の間を取り持った日本の存在は小さくなかったことだろう。米国主導と言われてきたTPPは、最終局面では「日米を主軸とする」FTAになったと言えるのではないだろうか。 

 それというのも、米国内ではかつてほど自由貿易が支持を集めなくなっている。6月に可決したTPA法案も、下院を218対200、上院を60対38という際どい差で通っている(上院は6割の賛成が必要)。

 象徴的なことに、ヒラリー・クリントン前国務長官が今週7日、「TPPを支持しない」と明言している。第1期オバマ政権下で「リバランス(アジア重視)政策」を推進したご本人がそれでは困ってしまうが、民主党予備選を勝ち抜くためにはそう言わざるを得ないのであろう。ついでに言えば、共和党のドナルド・トランプ氏も反TPPである。米国は景気回復途上で、失業率も5%前後に下がっているとはいえ、「貿易は米国から雇用を奪い、賃金を下げる」といった見方が広範な支持を得ているのである。 

 今後のTPP発効に向けては、交渉参加12か国の批准が必要になる。一部の国の手続きが進まない場合は、署名日から2年が経過した後で「GDPの合計が85%を占める6か国以上」の手続き終了をもって、その60日後に発効することになっている。TPP域内において米国は62%、日本は17%のシェアを占めるので、日米のどちらかが欠けると85%の基準は達成されないことになる。 

 つまり今後の条約批准プロセスにおいても、日米のいずれが欠けても発効は難しい。来年の米国は大統領選挙、日本は参議院選挙を控えているが、どうやって批准にこぎつけるのか。まだまだ先は長いのである。