安倍宏行(Japan In-depth 編集長)

 コーポレートガバナンスの徹底、と簡単に言うが、それができるなら誰も苦労はしない。だからこそのコーポレートガバナンスなのだが、何故か、その重要性を十分わかっているだろうに、とんでもない不祥事を引き起こしてしまう企業が後を絶たない。これは一体なぜなのか?

実力以上の“無理”な背伸び


 オリンパス損失隠し事件、東芝不正会計事件、そして今回のフォルクスワーゲン(VW)不正ソフト事件だ。どれも常識では考えられない不正が平然と行われていたことに愕然とする。何故、それを止められなかったのか。そもそもコーポレートガバナンスを効かせていれば止められるものなのか?

 企業の暴走の原因を考えていた私の頭の中にまず浮かんだのは、過大な経営目標の設定、もしくは部下への目標達成の過剰な圧力だった。東芝のケースを見てみよう。東芝の西田厚聡氏、佐々木則夫氏、田中久雄氏の歴代3社長は、2008年から「チャレンジ」と称して過剰な業績改善を各事業部門に要求した。この数値目標は、必達が義務付けられた至上命題であり、各事業部門に重くのしかかった。この過大な目標こそ、各部門が不正経理に手を染める引き金となった。

 もしコーポレートガバナンスが効いていれば、このような不正経理は行われなかっただろうか。東芝はいち早く「委員会設置会社」に移行し、企業統治の優等生とみられていた。監査委員会のメンバーは、久保誠(委員長)、島岡聖也、島内憲(社外)、斎藤聖美(社外)、谷野作太郎(社外)の5人で、社外取締役3名に対して、専任の監査委員会室スタッフがサポートしていた。しかし、そもそも委員長が内部の人間である。経営トップの指示で不適切な会計処理がなされたとして、それを知りながら委員長が通した監査報告書に社外の委員が異を唱えることは極めて難しい。つまり、監査システムが正常に機能していなかったことになる。 

 こうして不正経理はまかり通った。社長の指示が引き金になったことは明白であり、その裏には、なんとしてでも利益を出したい、という“無理”な目標があった。企業のトップが実力以上に背伸びをし、過大な経営目標を設定することに、不正の根があるのではないだろうか。

ドイツ北部ウォルフスブルクにあるフォルクスワーゲンの本社=2015年9月23日(ゲッティ=共同)
 一方、VW問題はどうだろう? 2010年、VWのCEO兼取締役会長ウィンターコルン氏は、2018年までに販売台数を1千万台に引き上げ、世界一になる目標を掲げた。この数字が曲者だった。VWが1980年代にアメリカ市場から撤退している。その隙にライバルトヨタ自動車は北米市場での販売を伸ばし、遂に2008年はGMを抜いて世界トップに立った。

 そのトヨタはHV(ハイブリッド)車で先行、エコカー分野で他の追随を許さなかった。そこでVWが頼ったのがディーゼルエンジン車だった。かつてのディーゼルエンジンは技術革新により、排ガスをクリーン化することに成功、振動も抑えられ、全く別物と言っていいくらい生まれ変わった。このクリーンディーゼルは、もともとの特徴である低速域での高トルクによるきびきびした走りと、ガソリンより安い軽油を燃料とするエコノミーさを前面に打ち出し、トヨタを蹴散すための戦略車と位置付けられた。ここにもトップの実力以上の目標設定があった。

 しかし、クリーンディーゼルでも厳しいアメリカの排ガス基準をクリアすることは出来ないとわかっていた。そこで、あたかも基準をクリアしているかに見せかけるため、テストの時だけ作動する“不正ソフト”の採用に手を染めたのだ。すべてはアメリカでトヨタに勝つためだったといえよう。

屋台骨を揺るがした社内抗争


 一方で、経営者の過大な目標設定が企業の不正行為の引き金になるわけではないとの見方もある。経営者なのだから目標設定は会社の実力より上に設定するのが当たり前だとする考え方だ。確かに、企業として右肩上がりの成長を目指すのは当然であり、損失は最小限に、利益は最大化しようとするのは経営者の義務であろう。だからといって、すべての企業がその目標達成のために不正に手を染めるかといったらそうではないだろう。では、一体何が不正の引き金になったのか、という疑問が湧く。

 その問いの答えは、ずばり「権力闘争」ではないだろうか。東芝のケースでは、社長経験者である西田厚聡氏と佐々木則夫氏の対立があった。2013年2月の社長交代記者会見でそれは顕在化した。お互いの確執から、各事業部門に無理な業績改善を要求するようになった可能性が高い。佐々木氏を後継に選んだ西田氏だったが、その後西田氏は佐々木氏の経営手腕を批判する側に回った。西田氏の批判を跳ね返すために、佐々木氏は是が非でも実績を上げ続けねばならなかったと思われる。そうした社内の対立や確執が、不正会計に拍車をかけた側面は否定できない。

 VWも同様な見方が出来る。20年以上にわたって君臨してきた最高実力者、フェルディナント・ピエヒ監査役会長(VWの基礎を築いたフェルディナント・ポルシェ氏の孫。1993年~2002年会長、2015年4月辞任した)、とマルティン・ビンターコルン取締役会長との確執はつとに有名だ。

 ピエヒ氏はアメリカにおける販売不振を批判していたといい、続投を目指していたビンターコルン社長にとっては目の上のタンコブだっただろう。彼を追い落とすためには北米市場における業績を盤石なものにしておかねばならない。そうした社内抗争の果てに、クリーンディーゼルに過度に依存していったと思われる。

 筆者がかつて勤務していた日産自動車にも「権力闘争」の歴史がある。1970年代後半の、塩路一郎自動車総連会長(1972年就任)と石原俊社長(1977年就任)の確執がそれだ。日産中興の祖、川又克二会長(当時)と蜜月関係にあった塩路氏は権勢を誇り、経営に過度に関与、役員人事にまで口を出していたといわれている。石原氏はこれに反発、海外事業の積極展開に乗り出した。英国工場の建設は先見の明があったというべきだが、スペインの自動車メーカー、モトールイベリカの買収など、矢継ぎ早に海外展開を進め、後々経営上大きな負担となっていく。

 当時の日産はライバルトヨタの後塵を拝しており、海外に活路を求めたともいえるが、労働組合のドン、塩路氏との確執がそれに拍車をかけたと思われる。急激な海外事業展開による財務負担だけが、日産の当時の経営不振の原因ではないが、その一因になったことは間違いない。ここにも社内の「権力闘争」が経営の屋台骨を揺るがした一例を見ることが出来る。

暴走した経営者を止める手立てはない


 コーポレートガバナンスの徹底、と言うのはたやすいが、いざ社内の権力者の間で闘争が始まった時、ガバナンスは全く効かない例を見てきた。どんな企業統治の仕組みもオールマイティではない。結局、経営は人が行うものであり、その人が一度暴走すれば、それを止める手立てはない。適度なライバル関係なら経営のスパイスにもなろうが、過度な確執から来る「権力闘争」が、結果として企業を破滅に導く例をこれからも私たちは目にするだろう。

 幾らコーポレートガバナンスを叫んでも、組織や規則だけで経営陣の暴走を防ぐことは出来ない。結局は経営者の資質次第であり、自らの判断を絶えずチェックしてくれる社外取締役の存在などが必要なのだろう。しかし、口に苦い良薬を自ら飲む経営者がどれだけいるかと考えるとそれもまた簡単なことではないような気がするのだ。