板垣淑子(NHKプロデューサー)
 2006年に「ワーキングプア」、2010年に「無縁社会」と社会的反響を巻き起こした番組を放送し、「格差と貧困」の問題を追い続けているのが「NHKスペシャル」だが、その取材班としてずっと関わって来たのが板垣淑子さんだ。このところは、「老人漂流社会」というシリーズ名で、昨年秋に「老後破産」(内容は「老後破産」という書名で新潮新書に)、そして今年8月に「親子共倒れを防げ」という番組を放送。板垣さんがチーフ・プロデューサーを務めた。
 長年にわたる取り組みで感じたことを板垣さんに聞いた。


――NHKスペシャルで「ワーキングプア」からもう10年越しの取り組みですね。

板垣 2005年の小泉構造改革の最後の年から取材を始めているので、11年目になります。取り上げてきたテーマは全部つながっています。「無縁社会」も独居高齢者の孤独死の話ですし、この人たちは生きている間にどんなことに困っているのかというと、見えてきたのが「老人漂流社会」だった、ということです。

 「老人漂流社会」というシリーズになってもう4回目ですが、第1回は2012年秋、居場所を持てなくて老人が漂流する、終(つい)の棲家(すみか)を持てない、という現象を取り上げました。次に認知症独居の問題を2回目にやって、そのあと昨年秋に「老後破産」、そして今年8月末の番組が「親子共倒れを防げ」というサブタイトルなんです。

――昨年の「老後破産」も大きな反響があったようですが、今度の番組はその反響を踏まえて作られたわけですね。

板垣 「老後破産」で取材した人たちの中で共通するのが「もう死んでしまいたい」という言葉でした。そこで続編では高齢者の自殺を取り上げようかと思って、秋田県藤里町など自殺対策をやっている自治体に取材をかけたんですね。

 そしたら「どうも50代の息子が引きこもっていて困っていて、就職先を探してくれ」という声が強いとかですね、そういう子どもが失職して大変だと高齢者が悩んでいるといった話をいろいろなところで聞くんですね。「えっ、これはなんだろう」と思いました。

 その一方で、前回の番組をご覧になってメールやお手紙を寄せてくれた声にも、「自分の体験はもっと深刻だ」として同じような体験を話される方が多かった。そこで調べてみると、親子の同居が予想外に増えている実態がわかりました。80年代から比べると、かなり増えています。30万人台だったのが300万人台くらいまで至っているんです。

 それは非正規で働いていた人たちが40代くらいになって一人暮らしを維持できなくなって、かつ生活保護には頼りたくないと、農家をやっている地方の親元に出戻っていくというパターンなのですね。実際に取材を始めると「自分の親戚にもこういう人がいる」とか、見回すとそういう人がかなりたくさんいて、身近な問題になりつつあるのです。

 一人暮らしでもやっとという一桁の年金受給額で暮らしている親にとっては、支えてほしいはずの子どもに逆にすねをかじられる。親子共倒れの破産が増えているんです。

 実態が見えにくいのは、お子さんと暮らしているので困っていることが周囲にわかりにくいし、生活保護も可動年齢層の子どもと住んでいると受けられません。支援の手が伸びにくい環境の中で、親子虐待が起こってしまったり、問題が複雑化してしまったり、困っている家庭が増えている。実際、今回番組で紹介するのも、一人暮らしをしている時よりも子どもが戻ってきてからの方が大変になったというご家族なんです。

老人だけでなく下の世代も生きていけない


――老人だけでなく、下の世代も生きていけない社会になっているわけですね。

NHK提供
NHK提供
板垣 非正規雇用が増えているのです。最初に「ワーキングプア」を取り上げた時は非正規雇用は3割だったんですけれど、今は4割です。かつ団塊ジュニアの世代が40代50代になってきている。20代30代の非正規って肉体労働とかできるので意外と困らないんですが、40代50代になってくると途端に不安定化する。そこで自分で生活できなくなって親元へ戻るのですが、親が介護が必要な状況になったりすると、もう経済的に助けることができない。親を助けるどころか、子どもの方も働き口がなくて共倒れするんです。
――年金制度も矛盾が噴出しているし、社会全体が行き詰まりを見せている。

板垣 日本の社会はどちらかを選択しなければいけない時期に至っているんです。社会保障の施策はミニマムにして、経済競争とか合理化を進め、基本的に税も少ないけど福祉も小さいという国にするのか、あるいは税は取られるけど手厚い福祉で安心できるという方向を選ぶのか。これまで日本は、行政も政府もその選択肢を明確に提示してこなかったのですね。

――新幹線で自殺した老人のケースも、年金受給額が少ないと不満を持っていたようですが、生活保護の申請は行っていなかったようで、そういう情報もきちんと国民に説明されていないようです。

板垣 私も取材を続けていて感じたのですが、年金を貰っていると生活保護を受けられないと誤解されている高齢者が非常に多い。「年金を貰っていてもその額が生活保護水準に達していなくて、かつ貯金がなければ生活保護を受けられるんですよ」と教えて差し上げると「そうだったの!」と言われる方も多い。

 その一方で、これ以上国の世話になりたくない、とか社会に迷惑をかけたくないというような律儀さや誠実さを口にされる方も多い。これは高齢者の方に共通なんだと思うのですが、自分が社会のお荷物だと思った瞬間に生きる希望を失ってしまい、生活保護の申請に二の足を踏んでしまう。どちらかというとこちらの要因が大きいかもしれません。

――それも日本社会が将来の方向性を示して国民に理解を求めるというのをやってこなかったためかもしれませんね。

板垣 「老後破産」寸前で困っている方が、年金受給額3万円で貧困にあえいでいるというのならわかるのですが、実際には10万円くらい貰っていて破産していくケースが多いのです。社会保障費抑制はもちろん必要ですし、負担が上がるのもやむを得ないことだと思っていながらも、目の前で負担のことで破産していく人を見るといろいろ考えさせられます。