原田 泰 (早稲田大学政治経済学部教授・東京財団上席研究員)


 前々回本欄に執筆した「なぜ日本のリベラルはリフレ政策が嫌いなのか」(2014年9月5日)が、読者の皆様のお蔭で話題になったことから、今度は、「日本のリベラルはどうしたら良いのか」というお題を編集部からいただいた。読者の皆様、大変ありがとうございます。「リベラルでないお前から、そんな話は聞きたくない」とおっしゃる方もいるだろうが、まあ、私の話を聞いて欲しい。

 リベラルとは、一般に、雇用、労働条件、人権、少数派への寛容、女性の社会進出、社会保障政策、格差、弱者保護、情報公開などに敏感な政治的立場と平和主義を示すものであるだろう。「なぜ日本のリベラルはリフレ政策が嫌いなのか」では、リフレ政策が雇用を拡大し、労働条件を改善し、格差も縮小するものなのに、なぜリフレ政策に反対なのかと問うたものだ。

リベラルが考えるべき8つのこと


 日本のリベラルが第1にするべきことは雇用に関心を持つことである。リフレ政策が嫌いなら、それに代わる、効率的な雇用拡大政策と労働条件の改善策を見出さなければならない。

 第2は、人権である。日本のリベラルは、日本の人権侵害には敏感だが(ただし、後述するように、本気でないと思われるところもある)、旧共産圏諸国と途上国の人権侵害には鈍感だった。このような態度では国民に信用されない。私は、人権外交は、リベラルの一つの旗になるのではないかと思う。ここでの人権は、言論・信条・結社・集会の自由、不当な拘束の禁止、男女差別の禁止、児童労働の禁止などだが、生存権もある。

 現行の日本の生活保護制度が認めている生存権は、財政負担が重すぎて、すべての国民に保障することはできない。生活保護を受けている人は人口の1.6%だが(国立社会保障・人口問題研究所、「生活保護」に関する公的統計データ一覧)、それ以下の所得で暮らしている人は13%であるという(橘木俊詔『格差社会』18頁、岩波新書、2006年)。現在の生活保護予算は地方負担を含めて3.8兆円であるから、すべての人に生活保護水準の所得を保証するためには、31兆円(3.8×13÷1.6)の予算が必要になる。この生存権と、貧しい国の人々が日本に移住することの両方を認めては、財政的に収拾がつかなくなる。欧米のリベラルは移民に寛容だが、日本のリベラルは、移民の財政コストをどうするかを考えておかなければならない。

 一方、生存権を除外した人権には、財政負担がない。これを世界に押し広げることは、リベラルの本気度を示すことになる。保守派の論調は、まあ、それぞれ国によって事情がある訳だからということになるから、これはリベラルとして違いを出せる。世界に押し広げる以上、日本でも本気にならないといけない。

 私は、日本のリベラルが、20日間もの長期の拘束を伴う検察の取り調べに本気で批判的でなかったことは問題だと思う。こんなに長い間、毎日、「吐け」と尋問されるのでは、人質司法と言われても仕方がない。これは、正当な理由がなければ拘禁されないという憲法第34条に反するのではないだろうか。また、これを一つの理由としてアメリカはアメリカ兵士の犯罪容疑に対して引き渡しを拒むのだから、拘束期間を短くすれば、アメリカが引き渡しを拒む理由もなくなるはずである。

違いを見せにくい部分も…


 第3は、LGBT(レスビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)、性同一性障害など、少数派への寛容さの強調である。しかし、そもそもLGBTなどに文化的に不寛容だったアメリカが寛容になり、東京オリンピック・パラリンピック時には日本は寛容さを見せないといけないので、保守派も寛容にならざるを得ない。だから、リベラルの違いを見せにくい。そもそも、戦国武士の多くはバイセクシュアルだった訳で、伝統に回帰するだけのことかもしれない。

 第4は、女性の社会進出への後押しである。ただし、これも違いを見せにくい。保守派は、専業主婦は日本の文化と考えているのかと思っていたら、むしろ女性の社会進出を後押ししている。リベラルとして違いを出すなら、自民党の女性の社会進出がどちらかと言えばエリート女性に傾いているような気がするので、そうでない女性を援助するという姿勢が必要になるのではないか。

 第5は社会保障政策である。しかし、自民党はアメリカの共和党とは異なって、社会保障の拡大に反対な訳ではない。自民党に、共和党のティーパーティーのように、「国民皆保険制度は社会主義で、人民の自由を侵害するものだ」などと言う人はいない。これも違いを見せにくい。

 少数政党であれば、財政を無視してより多くの福祉を唱えていても良いが、政権を取るつもりならそうはいかない。しかも、自民党もかなり財政を無視した社会保障政策をすでにしている訳だから、なおさら違いを見せにくい。

 ただし、日本の社会保障政策には、それによって格差を縮小していないという問題がある。日本の社会保障政策は、貧困層に重い負担と低い給付、非貧困層に軽い負担と手厚い給付を行っているという。これは、必ずしも貧しい訳ではない高齢層に、多額の年金が給付されているからである(阿部彩「第1章 日本の貧困の実態と貧困政策」、阿部彩他編『生活保護の経済分析』東京大学出版会、2008年)。社会保障政策の本来の機能を取り戻すことはリベラルの課題となるのではないか。

 第6は、情報公開である。朝日新聞が、朝鮮の女性を強制連行したという吉田清治証言の虚偽を認めたが社長の進退は語らず、原発の吉田昌郎調書の誤りを認めて進退を語ったのは、私には理解できない。吉田証言は虚偽であるが、吉田調書の記事は読み誤りである(おそらく、反原発のストーリーを作りたくて読み誤ったのだろう)。虚偽の方が読み誤りより罪が重い。吉田証言についてこそ、進退を語るべきだった。そもそも、情報公開があれば、読み誤りはなかった。情報公開の重要性を示す事例ではないだろうか。より積極的な情報公開を求めることもリベラルの旗となる。

 第7は環境と原発である。国民の半分余りは脱原発だろうが、○○をしないだけでは政権を取れないだろう。環境と言っても、空気と水はかなりきれいになり、これ以上きれいにするのはかなり費用がかかるだろう。CO2削減も費用がかかる。半分以上の人が賛同する旗を立てることができるだろうか。

 第8は平和主義だが、日米安全保障条約の下で、アメリカの軍事力が圧倒的で、日本がアジアの中で圧倒的な経済力(軍事力に転化しうる)を持っていた時代では、日本が悪いことをしなければアジアは平和という平和主義ですんでいた。しかし、そういう状況ではなくなったのだから、これまでの平和主義ではやっていけない。私には、ここで自民党と違いを出せるとは思えない。ただし、こちらから刺激するようなことは避けるべきだという違いは出せるかもしれない。

リベラルの打ち出すべき違い


 という訳で、日本のリベラルは、雇用に関心を持ち、人権の旗を世界に掲げ、普通の女性の社会進出を後押しし、社会保障政策で格差を縮小し、より情報公開を求めることで違いを出せるのではないだろうか。環境の旗をうまく立てることができるかどうかは分からない。考えてみると、自民党は公共事業を含む大きな政府が好きなのだから、本来大きな政府が好きなリベラルとしても、反公共事業と平和主義の他には違いが出しにくいのは当然かもしれない。