笹沼弘志(静岡大学教授)
 
 健康で文化的な最低限度の生活と自衛のために必要な措置。
 どちらも、似たような扱いを受けている。

 健康で文化的な最低限度の生活とはいったいいかなるものか。それだけでは確かに抽象的なように思われる。この規定が「健康で文化的な最低限度の生活」需要を満たすような給付を命じているのは明白である。しかし、現に存在する多様な人にどのように給付すべきか、一律平等か、あるいは個々人の需要に応じて格差を付けるのか。前者の場合、多様な人びとすべての需要を満たしうるのか、需要より多くもらう人もいれば、需要を満たしようがない人もいるだろう。そうすれば「健康で文化的な最低限度の生活」需要をみたすという憲法の要請に反することになる。後者であれば、格差のある給付を行うことが法の下の平等に違反しないかが問題になる。両者の要請を満たすのは結構難しい。

 だからこそ、健康で文化的な生活水準の需要を満たす給付を行うためには、事実を踏まえて、年齢・性別・健康状態など多様な人びとが、それぞれ「健康で文化的な最低限度の生活」を営むことができる水準とは何かを決めざるを得ない。そこで、この給付のための基準と何かそれはどのような方法で定められるべきかを法律で規定した。それが生活保護法8条2項である。

 「基準は、要保護者の年齢別、性別、世帯構成別、所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであつて、且つ、これをこえないものでなければならない」
 つまり、「最低限度の生活の需要」というものは「要保護者の年齢別、性別、世帯構成別、所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した」上で決定されねばならないと基準の内容において考慮すべき事項を定め、かつ基準設定においてはこれらを考慮するという手続を踏まえねばならないと内容(要考慮事項)と手続を定めたのである。

 こうして、はじめて憲法の要請である〈「健康で文化的な最低限度の生活」需要を満たす給付を行うべし〉という命令に応えることができるのである。

 しかし、この具体化された内容と手続、一言でいえば要考慮事項考慮義務を省略してしまっては憲法25条と14条の要請を満たすことができず、憲法違反になる危険がある。憲法25条の規範を具体化した生活保護法8条2項という「具体化されたもの」を無視し、「具体化」のプロセスをすっとばすことは憲法が許さないのである。

 現在議論されている自衛権の問題にも同様な問題がある。憲法九条が戦力の保持を禁止しているけれども、日本国が自衛権を持っていることまでは否定されていないとして、その自衛のための必要な措置とは何か。憲法規範の要請(戦力の不保持)と事実を踏まえて考えだされたのが「自衛のための必要最小限度の実力」の保持と行使という理屈である。しかし、「自衛のため」という点が曖昧であるから、「自衛のため」という理屈を付ければ何でもできるということになりかねない。それは戦前の日本やヒトラーのやったことだけをみても一目瞭然である。だから、限定を加えねばならない。

 安倍政権が、それ自体の論理や結論を無視して、集団的自衛権行使容認の根拠としている1972年資料は、「憲法は『自衛のための措置を無制限に認めているとは解されない』」とした上で、「自衛のため」とは「あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされるという急迫、不正の事態(または「わが国に対する急迫、不正の侵害」)」に対処する」ために限定されるとの解釈を示した。そして集団的自衛権行使は憲法に違反すると明言した。

 なぜ集団的自衛権行使を憲法違反だとした1972年資料を安倍政権はまったく逆に集団的自衛権行使合憲の根拠とできたのだろうか。それは「自衛のために必要な措置はとれる」という点のみを切り取っているからである。憲法九条規範が許容する「自衛のため」とは、「自衛のために必要な措置」とはいったい何か、これを解釈し具体化するプロセスと具体化の結果を消去してしまったから、1972年資料も集団的自衛権行使は合憲だという安倍政権の解釈も同じだというわけである。白を黒と言い含めているようなものだが、本人たちはそういわれても全く分からないだろう

 そこで、先の健康で文化的な最低限度の生活需要を満たすために必要な給付に置き換えてみよう。「必要な措置」と「必要な給付」を置き換えてみるのだ。とすると、こうなる。

 生まれたばかりの人も、30歳のばりばり働いている成人も同じ人間には変わりないから同じ金額だけ給付すれば良い。赤ちゃんにかかる費用はせいぜいミルク代毎月1万円くらい。だからみんな1万円くらいでいい。というようなことになる。あまりにバカバカしい話しだろうか。だとすれば、それは安倍政府の憲法解釈がそのようなものだというだけの話しだ。

 ちなみに、生活扶助基準は実際にはこうはなっていない。どういうわけか年齢で細かく別れている。こんなに年齢で格差を設けているのに憲法14条に違反しないといえるためには、生活保護法8条2項の「要保護者の年齢別、性別、世帯構成別、所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情」考慮義務に従っているのだという主張をせざるを得ない。とすれば、厚生労働省も、裁判所も、憲法25条の規定が曖昧だから大臣の裁量は広範だとか言うような寝言は言っていられない。生活保護法8条2項の「要保護者の年齢別、性別、世帯構成別、所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情」考慮義務とは何かまじめに解釈し、これによって大臣の裁量権がどのように統制されるのか示す義務が有る。
(ブログ「人権理論の前線」より2015年7月10日分を転載)

ささぬま・ひろし 1961年生まれ。静岡大学教育学部教授、憲法学専攻。野宿者のための静岡パトロール事務局長としてホームレスの人々や生活困窮者の支援にも取り組んできた。著書は『ホームレレス自立/排除』(大月書店)、『臨床憲法学』(日本評論社)など。