安田峰俊(ノンフィクション作家)

 某国出身の海外旅行客による、あさましい買いあさり行為を指す「爆買い」という概念が、すっかり定着した感のある昨今である。

 ほんの数十年前まで、国策の大失敗に起因する極度の社会混乱と貧困に苦しんでいたはずの国家が、若年層国民の増加による人口ボーナスと経済の対外開放の追い風を受けて、奇跡的な高度経済成長を達成。やがてバブル化した社会を拝金主義が覆い尽くし、手元にキャッシュを貯め込んだ同国の国民は、世界中に飛び出して不動産物件や美術品やブランド品はもちろん、お酒やお菓子や化粧品までも買いまくるようになった。

――とはいえ、経済力と品性はもとより別の問題である。

 彼らは自分たちがどれほど一等国でございと自画自賛したところで、ブクブクと膨れ上がった財布の中身に比べて、「民度」はちっとも向上していない醜悪な銭ゲバの成金どもだ。所詮は人品骨柄卑しき野蛮人なのである。

 ゆえに海外旅行先においても、こうした連中に、ちゃんとマナーを守ったり現地の文化を尊重したりする「文明的」な振る舞いなど、もとより期待できるはずはない。

 下記に、同国の海外旅行客のマナーの悪さを揶揄した戯れ歌の一部を紹介しておこう。何度も繰り返される「中国加油(中国ガンバレ)」という言葉は、オリンピックや国際競技会の場で、かの国の人民が自国チームを応援するときの掛け声である。

『無敵の中国海外旅行』

中国加油 中国加油 ハウマッチ ハウマッチ 中国加油
中国加油 中国加油 世界に誇る 中国加油

腰にウエストバッグは 中国人のしるし
無敵の国民性 飛ぶ鳥落とすよう
ブランド品の店の前に 群れを作って買いあさる
旅の思い出は 両手いっぱいに 抱えたバッグや香水
進め! 進め! 進め!

現地7泊6か国 分刻みで大移動
お土産とヒンシュクを 買いにいくようなもの

中国加油 中国加油 カメラ撮りまくれ 中国加油
中国加油 中国加油 ビデオもあるぞ 中国加油

中国加油 中国加油 ヒンシュク! ヒンシュク! 中国加油
中国加油 中国加油 恥はかきすて 中国加油


 その後、この歌は2番で「買うぞ! 買うぞ! 買うぞ!」「金ならあるぞ」と爆買い客の様子を歌い上げ、「お土産とヒンシュクを買いに行くようなもの」と彼らの行為をバッサリと斬り捨てる。世界中に大恥をバラ撒く、さもしい成金旅行者たちの姿がありありと目に浮かぶ秀逸な歌詞だ。

……さて、そろそろ賢明な読者はお気づきかと思うが、私がここまで述べたのは、実はかつてのバブル経済期に急増した日本人海外旅行客に関する解説であった。

 上記で引用した歌の元ネタは、コミックシンガーの嘉門達夫が1990年に発表した『無敵の日本海外旅行』だ。その1番の歌詞原文の「日本人」を「中国人」に、「ニッポン・チャチャチャ」を「中国加油」に書き換えて、テニヲハや漢字変換を一部修正して紹介したまでのことである。
1990年に発表された嘉門達夫のアルバム『リゾート計画』。本文で紹介した『無敵の日本海外旅行』は15曲目。こちらから試聴もできる

万里の長城から子供におしっこをさせる


 当時、日本人海外旅行客のマナーの悪さや世間知らずぶりは、同時代のギャグ漫画家の間でも格好のネタだった。

 いま私がパッと思い出しただけでも、中年団体旅行客の振る舞いに苦言を呈したえんどコイチの「コイチのオーストラリア紀行」(『ついでにとんちんかん』15巻所収)、南の島で現地の若い男性を性の捌け口にする「リゾラバ子」を再三にわたり糾弾していた小林よしのり『ゴーマニズム宣言』、大原部長と両津勘吉のヨーロッパ珍道中を描いた秋本治『こちら葛飾区亀有公園前派出所』など、具体的な事例を数多く挙げることができる。

 特に当時の雰囲気をよく伝えているのは、1980~90年代に大ヒットした堀田かつひこの四コマ漫画『オバタリアン』だ。同作の8巻の口絵では、海外旅行中のオバタリアンの所業をこう記す。

・1990年5月 中国、万里の長城から子供におしっこをさせる。

・1991年1月 米国、ラスベガスのカジノで大負け。金返せとどなる。

・1992年8月 日本、成田。迷子になる。


 もちろんギャグとしての誇張もあるはずだが、火のないところに煙は立つまい。往年の(少なくとも一部の)日本人観光客は、現代の中国人観光客を笑えるほどお行儀が良いとは到底言えない人たちだったのだ。
現地のムードをぶち壊しにして世界各地を闊歩し、爆買いにいそしむ往年のオバタリアンの雄姿
 ……ちなみに昨今、いわゆる「保守系」の新聞や雑誌の主要読者は、50~70代の中高年層である。中国人観光客のマナー問題を報じるニュースに優越感をくすぐられ、彼らの「民度」の低さを知って溜飲を下げている人々のなかには、おそらくバブル時代に「生涯初の海外旅行」を経験した人も多く含まれていることだろう。

 バブル崩壊からの「失われた24年」を経て、かつて海外でヒンシュクを買っていた当事者たちは、いまや中国人客のマナーの悪さを嘲笑できるほど「文明的」な人々に生まれ変わるに至った。これはきっと、世界でいちばん立派でスゴい日本民族だからこそ成し遂げられた偉業だろう。まことに、――欣幸の至りに甚えない話である。

「恥」の輸出は何を意味していたのか


 さて一方で、ちかごろ私が海外に出るたびに驚かされているのは、日本人の旅行者や留学生のマナーの良さや目的意識の高さと、それと表裏一体をなす存在感の希薄さだ。これは自分の主戦場である中国・台湾・香港はもちろん、パリやロンドンの繁華街でも、果てはニューデリーやバンコクのバックパッカー街ですらも等しく見られる現象である。

 いまや海外において、バブル時代のような「爆買い系」や「民度低い系」の日本人は絶滅危惧種だ。また、小林紀晴のベストセラー『アジアン・ジャパニーズ』(1995年)に登場するような、90年代のポストバブル時代的な「自分探し系」「外ごもり系」の若者すらも激減している。ろくに英語も話せずにマリファナばかり吸っている自称留学生や、東南アジアの買春オヤジやリゾラバ女子を目にする機会もずいぶん減った。

 近年、海外で出会う日本人は、就活で語学を武器にするために中国に留学して毎日真剣に学んでいる女子学生(北京)や、貧困層へのボランティアのためにインドにやってきた青年(ニューデリー)など、お行儀が良くて意識の高い人ばかりだ。

 一方で日本人の旅行者や留学生の人数そのものは目に見えて減っており、観光地の商店の客引きからは日本語ではなく韓国語や中国語で声を掛けられることがずいぶん増えた。
かつては真っ先に日本語が書かれていた位置に、韓国語と中国語が書かれた薬局の張り紙。しかも中国語は比較的正確な文法なのに、日本語はメチャクチャだ。2014年12月、インドのニューデリー市内ハウズ・カース・ヴィレッジにて筆者撮影
 もちろん、こうした真面目でマトモな人たちはバブル時代にもちゃんと存在した。ただ、当時はそれを何倍も上回る数の「国の恥」のような人たちが海外に溢れ出ていたため、悪貨が良貨を駆逐してしまい、優秀な人の姿が見えなくなっていたのである。

 反面、近年になり海外で意識の高い日本人留学生や行儀のいい日本人旅行客ばかりが目につく背景も、やはり簡単に説明できる。

 まず、バブル時代と比べて日本人が海外慣れしたことや、日本政府が出国者のマナー向上キャンペーンにかなり力を入れたこと、ここ二十数年間で日本人全体(特に若者層)の公共空間での振る舞いが格段に垢抜けたことなども、その要因であるのは間違いない。

 だが、それと同じくらい大きな要因となっているのは、長年続く不景気や地方の衰退によって、多くの日本の庶民が金銭や時間の余裕を失ったことだ。特に若者層の場合、往年のように「『終わりなき日常』に飽きた」と海外でモラトリアムの時間を過ごす行為は、そのまま十年後の自分の死活問題に直結しかねない。結果、気軽な海外旅行や娯楽目的の留学ができる人が減少し、(どんな社会状況のもとでも海外に出るという明確な理由や、生活の余裕を持つ)優秀な人の姿だけが、相対的に目立つようになったのである。

(日本人の年間出国者統計の数字自体は1990年代半ばからほぼ横ばいだが、これは経済のグローバル化に伴って何度も出入国を繰り返すビジネスマンが増え、減少した海外旅行客の数を補っているからだと考えられる)

 やや忸怩たる思いも覚えるが、意識が低くてマナーの悪い「国の恥」のような人々が全世界に飛び出す現象の発生とは、送り出し国の国力の賜物なのだ。

 従来のようなエリート層のみならず、本来ならば人様の前に出してはいけないような文化水準の人たちまでも海外に出かけ、札ビラをちらつかせて大きな顔ができる。こうした現象は、その国家が強く豊かになり、社会が爛熟期を迎えたという事実の反映に他ならない。

中国人観光客よ、日本のみならず全世界から消滅せよ!


免税用の受け付けに並ぶ外国人観光客ら=和歌山市
 ゆえに、私は本稿において、声を大にしてそう叫びたい。

 なぜなら、意識が低くてマナーの悪い中国人観光客が世界中から消え去る事態とは、すなわち中国が「国の恥」を海外に輸出できるだけの国力を喪失したことを意味しているからだ。

 バブル崩壊から数十年間の日本の歴史が証明するように、国力が衰退した国家からは企業や個人の活力が失われ、国際社会における政治・経済面での重要度も低下する。アメリカと世界を二分するといった無謀な妄想も、社会が停滞すれば跡形もなく消し飛ぶ。

 わが国の「仮想敵国」である中国がそんな状態の国家に変わることは、日本の国防上の観点から見ればかなり嬉しい事態だ。近ごろ世間を騒がせている憲法改正や安保法制の整備だって、わざわざ急いで話を進める必要はなくなる。良いことばかりである。

――再び言う。中国人観光客が全世界から消滅する未来よ来たれ!

 実のところ、近年報じられて久しいように、中国経済はすでに停滞期に突入しつつあるようだ。あまり心配をせずとも、さして遠からぬ将来、雲霞のごとく押し寄せる中国人客が海外で大々的に爆買いを繰り返すような事態は、おそらく過去のものとなっていく。

 では、私たち日本人は現時点では何をすればいいのか。

 答えは簡単だ。彼らがカネを使ってくれるうちにできるだけ誘致に力を入れ、しっかりとインバウンド市場で儲けさせてもらうのである。調子に乗った中国の「高転び」をひそかに期待することと、一時の春を謳歌する成金旅行者たちから1円でも多くの外貨を回収するための経営努力を惜しまないことは、まったく矛盾しない行動なのだ。

 少なくとも、四半世紀前に日本から大量の爆買い客や買春オヤジやリゾラバ女子を受け入れていた世界の各国は、そんな姿勢で「野蛮人」どもの襲来をやり過ごし、がっつりと儲けていた。日本人はいまこそ、過去の事例に学ぶべきときを迎えているのだ。