屋山太郎(政治評論家)

日本の側に立つ米国


 安倍晋三首相が4月29日、米上下両院合同会議で行なった演説は、日米間のゆるぎない同盟関係を築き直し、アジア諸国の不安を拭う効果をもたらした。また中国が企む覇権をもくじいたのではないか。

 安倍政権誕生の時点では、米国の政界や行政府内における安倍氏の評判はあまりよくなかった。初訪米は1泊2日という扱いで、両首脳の共同記者会見はステイトメントだけで終わった。オバマ氏の初来日は夫人を伴わず、訪日のあと一週間もかけて訪中する差の付け方だった。

 米政界で安倍氏の評判が必ずしも良くなかった原因は、日本が近隣の中国、韓国と揉(も)め事ばかり起こしている。それも戦争中の慰安婦をめぐって、謝らず、補償もしない。一方で戦後秩序を否定するために憲法を改正しようとしている右翼政治家だというものだった。

 オバマ氏の対日感情もそれを基礎としたものだった。太平洋のバランスは日米対中国でとれるはずだったが、日本が中国と揉め事ばかり起こすのでは、米国が直接中国と仲良くしたほうが良いとでも考えるようになったのだろう。

 中国も「新大陸関係」(新しい米中関係)という造語で米国を誘ったが、実態は太平洋を半分ずつ“管理”しようというものだった。そうなると日本は中華圏に入るのか。

 中国という国の本質、日中両国の二千年近くにもわたる関係は当事者以外にはわからないだろう。韓国の朴槿惠大統領は米国をはじめ、欧州主要国を歴訪して、ひたすら、日本の悪口をいって廻った。この告げ口外交は「いまから思うとひどかった」と各国共に感じているようだが、当初は日本の外交にダメージを与えた。しかしセウォル号の沈没や軍内部の利権のつながり、政治家の汚職などが表面化してきて韓国が丸裸になると、日本の主張のまともさが際立ってきた。

 軍が強制して慰安婦をかき集めてきたという醜聞も、それを書き立ててきた『朝日新聞』が昨年、32年間にわたる記事を取り消したため、韓国政府の立場が、一挙に怪しくなった。そもそも韓国はありもしない〝慰安婦〟事件で騒いで日本から何をとろうとしていたのか。

 韓国は「慰安婦は性奴隷だ」と主張したが、その根拠は国連人権委員会のクマラスワミ報告書だけだ。同報告書で20万人の性奴隷と証言しているのは日本の左翼学者だけで他に正当な根拠はなにもない。従って日本政府はクマラスワミ氏に正式に訂正を申し入れた。一方、慰安婦達が戦中であっても“商行為”として正当な支払いを受けていたことは、米国の裁判所でも行政府でも認められている。

 安倍訪米を控えて米国では韓国の言い分が成り立たないことが徐々に判明しつつあった。

 片や、友好を深めようとした中国が箸にも棒にもかからない国であることを、オバマ氏は理解してきた。南シナ海の強盗のような岩礁地の埋め立てや基地造りを見れば、中国には力で抑止力を発揮するしかないと悟ったろう。日本の尖閣諸島についてオバマ氏は「日米安保条約の適用範囲だ」とわざわざ述べた。このことは米国ははっきりと日本の側に立つことを明らかにしたことにほかならない。中国とは力で対決する以外に身を護る方法はない。こういうと、所詮、暴力を使うのかと護憲論者はいうのだが、土俵上で四つに組んで横綱同士が動かないのはなぜか。両者が必死の力を込めているからだ。力を込められる自衛隊にしようというのが、国会で審議中の安保関連法案なのである。

理解を深める騎士道と武士道


 オバマ氏は中国を知るにつれ、日本ほど律義で頼りになる友好国はいないと悟っただろう。

 安倍首相の米議会での演説は秀逸だった。

 抜きんでていたのは第二次大戦について「痛切な反省」(deep remorse)を表明したことだろう。それまで中、韓両国に加えて米政府内にも河野、村山談話で述べられた同じ文言を使うべきだとの主張が強かった。しかし安倍氏は「アジア諸国に苦しみを与えた」と述べたうえで「痛切な反省」を述べた。「お詫び」とか「侵略」を入れろという周囲の声が一気に軽くなった。

会談を前に握手するオバマ米大統領と安倍首相=2015年4月28日、ワシントンのホワイトハウス(共同)
 首相は議場に硫黄島で生き残った米軍の老司令官と玉砕した日本側守備隊長の孫を紹介し、二人が固く握手する場面を演出した。「痛切な反省」と敵味方の握手があれば、騎士道と武士道では理解し合えるだろう。もう一つ良かったのは首相が前夜の夜会で、ナンバー2が手練手管を使ってナンバー1を追い出す米国のハウス・オブ・カードというドラマを紹介し、「このドラマをナンバー2の麻生副総理には見せないことにしたい」と述べて爆笑させた。米国人はこの手のユーモアをこよなく好み、安倍晋三という人物の印象を心に刻んだことだろう。

 『読売新聞』の世論調査(5月11日)では安倍首相とオバマ大統領との間で、新たな日米防衛協力の指針(ガイドライン)を通じて日米同盟の強化を確認したことを「評価する」と答えた人は70%に達した。「評価しない」はわずか19%だった。

 下院本会議場は500人を超える両院議員で埋め尽くされ、2階の傍聴席もほぼ満員だった。議員は頻繁に立ち上がって拍手も含めてスタンディングオベーションは35回重ねられたという。安倍氏の演説は40分の予定だったが、拍手によって5分間延びた。

 安倍氏は日米同盟は、「法の支配、人権、自由を尊ぶという価値観を共同している」ことで成り立っていると定義し、自ら「希望の同盟」と名付けた。

 同盟というのは力の均衡や戦力補充といった権謀術数を狙って行なわれるのが常だ。しかし単なる軍事的利害損得による離合集散は、事件が終われば疎遠になって解消する。米英ソは日独の軍国主義、全体主義を潰すといって同盟したが、日独が破滅したあとは中ソの共産主義と米国を中心とする西側の対立となった。米ソの冷戦が終わると、世界は米国一極となって米国は世界の警察官といわれた。

 その米国一極体制が相対的に弱体化し、米国は三つの戦争ができなくなった。欧州、中東、アジアの三つの戦争を同時にできなくなって、欧州はNATO欧州諸国にまかせている。中東では戦争への介入失敗を続け、完全撤退はいまのところ無理だ。この時点でアジアが不安定になれば、米国一国では対中抑止力が効かなくなるだろう。中国への抑止力の一部として日本の軍事支援体制が不可欠になった。日本の側だけからみても、オバマ体制の初期に中国が「新大陸関係」と称して米中の“直接対話”を持ち出してきた時に、米国が乗り気になった時がある。米国が頼りにならなければ、日本独自で中国と対立せねばならなくなる。だからこそ米国との同盟関係を一段と強化しなければならないというのが安倍氏の考え方だ。同盟の動機、目的は自由、民主主義、基本的人権といった「希望」である限り、目的が陳腐化して同盟が崩れることはない。

 世界情勢の変化に合わせて日米の軍事ガイドラインを仕切り直す必要がある。

 安倍氏はとりあえず、軍事面での不備を補強、補正する必要があった。歴代内閣がことごとく避けてきたものを洗いざらい取り上げた。豪州との軍事協力体制は着々と進んでおり、潜水艦技術の供与も可能になった。これまで武器輸出三原則によって武器の輸出や共同製作ができなくなっていたのが昨年、防衛装備移転三原則に改められた。

 訪米に当たって安倍内閣は国家安全保障会議(NSC)の設置、防衛計画大綱の改定、集団的自衛権の限定的容認を決めた。集団的自衛権をめぐる法律は恒久法にまとめられて国会に提出された。

 野党は国会承認の前に安倍首相が米国で「夏にはまとめる」と約束したことをとらえて非難しているが、民主主義国の同盟というのは、内容を世界に発信することも必要なのだ。