坂東忠信(外国人犯罪対策講師)

 一時は日本を抜いた経済大国の国民による「爆買い」は、そのGDP指標に疑いが持たれていても実在する、中国経済を計り知る一つの目安です。しかしながら彼らのタガが外れた購買意欲の強さは経済のみによるものではないため、その社会背景となる中国人のメンツや意地を抜きに語れば片手落ちとなるでしょう。

 中国では信頼と安全性から高値となる日本製品を日本に買いに行くということ自体がまずステイタス。さらにその人柄より財力や権力に繋がる人脈が評価される中華社会においては、人物評価の噂が更なるビジネスや人脈拡張に直結するため、日本に行って手ぶらで帰ってきました!というわけには行かず、親戚知人や同僚にも、侮りを招くことのない程度のおみやげを準備しなくてはいけません。

 日本人ならこれをプレッシャーと思うでしょうが、それはそうしたメンツにかける意地を理解しない日本人ならではの疑問。中国人の場合は負担の大きいおみやげも財力をしめすチャンスと捉えますし、メンツのためにはなりふり構わない、そこにこそ日本人をうならせる「爆買い」の底力があるのです。

大幅に増えた中国など訪日外国人を送迎する観光バスで混雑するミナミ・道頓堀近くの日本橋。多重駐車に加え、間をすり抜けようとする自転車の危険な走行も問題になっている=大阪市中央区
 また相手の喜ぶものよりも自分の成功ぶりを示すことを第一としていたおみやげも、最近はiPhoneなど端末の普及により、事前に商品を確認し、おみやげを期待する地元の友人に画像で確認し購入するなど、変化が出てきた模様。自分がどれくらいの財力と人脈でどれほど役に立つ人間かを誇示したがる中国人の思考回路は、爆買いの目的をおみやげ購入からプチ個人輸入代行業重視に変質させつつあります。

 その結果手に入れたものがMade in Chinaであったとしても「日本で購入した日本メーカー品」ということに付加価値があるので問題ないといいます。

 どのような理由であれ、メンツを賭けて多数お買い上げになる中国人旅行者にはお店もホクホクなのですが、だからこそ語ることのできない裏面も存在します。それは、「おみやげ万引」です。

 財力はなくてもメンツを示したいと考えるのは当たり前だとしても、このおみやげ万引問題が存在していることは、警視庁で北京語を使い刑事や通訳捜査官をしていた私の経歴から、皆さんにお伝えせざるを得ません。特に中国人の日本出入国が多くなる国慶節(10月1日)連休終盤と、親戚一同が郷里に集まるため出国が多くなる春節(旧暦の正月)は、みな、手ぶらで帰るわけには行かないことから、空港への道すがら、おみやげ万引きが多発します。

 警察官が臨場した時には犯人はすでに空の上となる計画的犯行なのですが、必ず複数で実行し、肘から指先までを使って陳列品をかき集め、持参したバックに落とし込んだり、陳列してあるペンなどの筆記具を鷲づかみで次々とバッグにつっこむなどして一斉に逃げるという荒っぽい手口。しかし店員を脅していないので「強盗」でもなく、店員の目を盗んで行われる「かっぱらい」でもなく、人がいない時間に侵入する「出店荒らし」でもなく、忍び込んでいるわけでもないので「侵入盗」にも該当しないという、日本人の概念にない荒業故に、警察でも「万引」のカテゴリーに分類し統計されていますが、被害金額は桁違いなのです。

 犯人側もここで捕まると帰国できなくなって、実家や親戚にメンツを示すどころか、ともに来日していた同郷の噂にのぼってしまうので、その抵抗が半端ではありません。このため、逮捕に暴力で抵抗して一気に凶悪犯罪の一種である「事後強盗」にランクアップすることもあり、押さえつければ暴れるだけでなく、相手を殴る蹴る、噛みつく、路上で無実を訴えて泣きさけぶなど、その展開は日本人の予想を超えています。当然一人や二人の店員で手に負えるものではありませんし、たとえ警察官が逮捕して取調室に連れて行ってもまた大変。無実を訴え椅子から転げて泣きわめいたかと思うと逃走しようとするし、目撃者の供述や被害届を完全否定し続け、予約の飛行機が離陸してもメンツのために罪を認めず泣き叫び、誤認逮捕であることをしきりに訴え釈放を積極的に勝ち取りに来ます。

 検事への新件書類送致が終わった3日後の落ち着いた頃、犯人に「これまでまじめにやってきたのになんで帰国寸前でこんなことをするのか」と聞けば、「私にもメンツがある。親戚知人に認めてもらうため、多数のおみやげが必要だ。でも私はやっていない、もうどうでもいい」と、ちょっと落ち着きながらも投げやりな会話が成り立つようになります(笑)

 特にこの時期に万引が多発することは、成田や羽田など中国便が発着する空港沿線のファンシーグッズ販売店や商店街ではすでに知られているため、特に警戒されていますし、実際警察の取り扱いもぐっと増えて通訳捜査官が足りなくなるのですが、万引などニュース性もありませんし、そんなことを報道すると局が中国進出企業のスポンサーを失いかねないなどの理由から、せいぜい報道されるのはマナーの悪さ程度。マナーの悪さを超えた深刻な問題は爆買いの影に確実に存在し、その被害はこの上客集団を前に決して公に語られることはないのです。