日本社会の基本条件

 根拠なき楽観と展望なき悲観。現在の日本社会は、両者のあいだを漂流しているように見える。あたかも、景気さえよくなればすべての問題が解決されるように語る人がいるかと思えば、未来への展望を構想することなしに現状の問題点だけを指摘する人もいる。しかしながら、現状の厳しさを正面から認識することは、今後についての明確な指針をもつことと不可分である。いまをより深く知る人のみが、より遠くまでを見通せることを忘れてはならない。

 日本社会が直面しているのは、少子高齢化と財政危機である。2010年に1億2806万人であった日本の人口は、2060年には8674万人になり、とくに生産年齢(15~64歳)人口は3755万人減少し、年少(0~14歳)人口も893万人減少すると予測されている(国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口〈平成24年1月推計〉」)。結果として、老齢(65歳以上)人口割合は23%から40%に上昇し、それに伴う医療・介護サービスの不足や社会保障負担の増大が深刻な問題となる。

 ただし、問題の表れ方は全国で一様ではない。今後日本社会全体としてみれば、2040年ころまでは高齢人口が増加するが(第1ステージ)、その後は安定し(第2ステージ)、2060年ころ以降はむしろ減少に転じる(第3ステージ)。その場合も、これから老齢人口の急激な増加が見られるのは主として都市部であり、地方の多くではすでに第2、さらには第3ステージに突入している。

 結果として、今後東京圏など都市部においては、75歳以上の人口が倍増する地域も多く、医療と介護のいずれも圧倒的な不足が予測されている。現在、世界はかつてない都市化の時代を迎え、グローバルな都市間競争も激しくなっているが、このような状況を放置すれば、日本の都市の致命的なアキレス腱となりかねない。後述するように、日本の都市は知の集積地としても、エネルギー効率においてもきわめて優れているが、その優位性を活かすためにも、高齢化問題を避けて通ることはできない。

 また、日本の多様性の源であり、子育てや環境面でも重要な存在である日本の地域社会をどのように維持・発展させていくかも、劣らぬ難問である。人口が減少していくなか、いかに地域社会の活力を保持し、新たなコミュニティづくりの拠点として発展させていくか。今後、都市と地方のそれぞれの未来像をいかに描くかが、日本全体の今後を考える上でもきわめて重要な意味をもってくるだろう。

 他方、高度経済成長時代が終わりを迎えようとしながら「福祉元年」と社会保障の拡充を図った1970年代、行財政改革の一環として「活力ある福祉社会」をめざした1980年代とは異なって、本格的な高齢化社会を迎えた今日の日本を取り巻く財政状況は危機的な水準にあり、給付減を含めた国民負担の増加は避けて通れない。

 「景気回復なくして財政再建なし」というスローガンはプライマリー・バランスを達成するための喫緊の課題として正しいかもしれないが、内閣府の試算によれば、今後10年(2013~2022年度)の平均成長率が実質2%程度、名目3%程度となる「経済再生」を仮定した場合においても、2020年度における国・地方の公債等残高(GDP比)は185%と依然高い水準にあり、その後も横ばい圏内で推移するとされている(内閣府「中長期の経済財政に関する試算」、平成26年1月20日経済財政諮問会議提出)。

 とはいえ、これらをただ悲観的に捉えるのも一面的であろう。というのも、以上の予測からもわかるように、老齢人口の増加は永遠に続くものではない。今後20年こそ深刻な局面が続くものの、その後は人口減少に歯止めをかけられれば、世代間のバランスを回復することも不可能ではない。むしろ中国をはじめ世界の多くの国々が、今後かつてない規模での高齢化の時期を迎えることを考えれば、いち早く正念場を迎える日本が問題克服への道筋を提示すれば、世界に対してモデルを提供することもできる。

 そうだとすれば、これからの20年から30年を見据え、日本社会の実効性のある未来像を描くことにはきわめて大きな意義がある。眼前の課題に対応するだけで精一杯であり、未来への指針を得られずにいることが、現在の日本を支配する閉塞感の大きな原因となっているとすれば、いまこそ、私たちは自らの視線をより高く、より遠いところへと向けなければならない。

 もちろん、少子高齢化と財政危機という日本社会の基本条件を克服することはけっして容易でない。とくに、国民に社会保障負担の増加を求める一方で、サービス給付についてはよりメリハリをつける必要があることは、民主主義そのもののあり方を問い直すことにもつながる。負担は増えるがサービスも増える(北欧型福祉国家モデル)、もしくはサービスは少ないがその分負担も少ない(アメリカ型自己責任モデル)という二者択一ならば、あるいは選択も可能かもしれない。

 これに対し、負担は増えるが逆にサービスは減るという厳しい条件を、民主主義は受け止めることができるのだろうか。

 成長社会における民主主義は、成長の果実を国民のあいだで分かち合うことで多くの問題を解決してきた。これに対し、成熟社会を迎え、さらには縮小時代に入った民主主義は、むしろ増大するリスクや負担を国民のあいだに再配分していかねばならない。

 しかしながら、誰もがリスクや負担の増大を望まない以上、民主主義は問題を前にして特有の決定不能状態に陥りかねない。はたして縮小時代の民主主義は自らの責任を回避せず、問題に立ち向かっていくことができるのだろうか。

 日本社会の未来像を描くこと、そして新たな日本社会における新たな生き方を模索することが本稿の課題である。自らの未来を決定できずにいる日本社会と、自らの生き方を選び取ることができずに閉塞感に陥っている人びととは、同じコインの表裏をなしている。自分で選んだという自覚をもつからこそ、自らの生き方と社会のあり方に責任をとることもできる。鍵は、日本社会に生きる人びとがあらためて、自らの人生を選び取り、組織や社会との関わりを再認識することにある。

日本社会の未来像

 日本社会の未来像を、最後に本格的に検討したのはいつのことだろうか。1980年に提出された「大平総理の政策研究会」報告書があるいはそれかもしれない。この研究会は大平正芳首相のイニシアティブの下に設立されたものであり、延べ200人以上の若手の研究者や官僚を中心に、「文化の時代」「田園都市構想」「環太平洋連帯」など9つのテーマごとにグループがつくられた。報告書は大平首相の突然の死去によって政治的には大きな意味をもつことがなかったが、その意義はけっして小さなものではない。

 大平首相の問題意識は、ローマ・クラブによる『成長の限界』(1972年)や、第四次中東戦争勃発(1973年)によって始まった石油危機を受け、経済成長に代わるべき日本社会の目標を見出すことにあった。とくに西洋をモデルとした「キャッチアップ」型の近代化を脱却し、日本社会の歴史や現状を踏まえた新たな社会像の確立が大きな課題とされた。経済成長に代わる「文化の時代」や、都市化に対する「地方の時代」、さらにそれを担うべき「中間層」の重視は、グローバル化とIT化の時代を予感させる「環太平洋連帯」や「ソフトパワー」の強調と合わせ、その先見性を示していたといえるだろう。

 実際、この研究会の主力となったメンバーを中心に、『文明としてのイエ社会』(村上泰亮・佐藤誠三郎・公文俊平)や、『柔らかい個人主義の誕生』(山崎正和)などの著作が執筆されている。これらの研究に特徴的なのは、日本社会に見られる個人や組織のあり方を、世界史的に再評価している点にある。このことは、それ以前の日本の社会科学が、日本社会に残る伝統的要素をむしろ、近代化によって乗り越えるべき後進性と見なしたのと対照的である。その後に活発に論じられることになった「日本型組織」論の源流も、ここに見出すことができる。

 「キャッチアップ」型の近代化に代わる新たな日本社会の未来像、そしてグローバル化が進むなかで、地域や環境、文化を重視した新たな個人の生き方を模索する必要性は、ある意味でこの1980年の段階ですでに明らかであったといえる。問題は、その後30年以上を経過したいまの日本社会が、この報告書によって示された課題に対し、十分な答えを示したのかどうかである。いたずらに時間ばかりが経過して、課題はむしろ深刻化したという評価は、はたして酷にすぎるのだろうか。

 「大平総理の政策研究会」が活動したのは、いまだ日本経済の発展が続き、日本社会が「一億総中流」社会の出現を前に、むしろその成熟を迎えつつあった時期である。日本社会のあり方に根底的な疑問を投げかけた大平首相であるが、皮肉なことに、その当時、日本企業はむしろ世界に先駆けて石油危機を克服するなど、その優位性が世界的に注目されつつあった。ハーヴァード大学教授であったエズラ・ヴォーゲルが『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を出版したのは1979年のことである。

 これに対し現在の日本は、すでに述べてきたように人口減少と財政危機を迎えたうえ、グローバル化とIT化の進む世界のなかで、新たな社会や組織のあり方をめぐって、いまだ再編のただ中にある。経済学者の青木昌彦は、日本社会が1993年に始まった大いなる制度改革の時代、すなわち「移りゆく30年」の途上にあるという(『青木昌彦の経済学入門――制度論の地平を拡げる』)。

 ものづくりの伝統に支えられた製造業をはじめ、日本はいまだ国際的に比較優位に立つ部門を多くもっている。にもかかわらず、現場に蓄積された技術や知を、新たなグローバル化とIT化に向けて戦略的に再編するという課題は、いまだに明確な指針を得られずにいる。サービス部門についても、繊細さや協調といった日本独自の価値を、国際的に優位性をもった産業へと十分に発展させる余地はなお大きい。いまや閉鎖性や硬直性の象徴のようにいわれるようになった「日本型組織」を、21世紀型に再編するために私たちに残された時間は短い。

 たしかに「キャッチアップ」型近代化の時代においては、中央集権化の下、資源と人材を一カ所に集中することは効率的であった。教育や行政を全国一律にすることで、同質的な国民と組織を育てることにも意味があった。これに対し、新たな社会的価値を創造していくことが求められる成熟社会においては、これらの特質は逆に否定的な作用をもたらしかねない。むしろ、多様性に富み、世界に開かれた知識創造社会を形成することこそが求められる。

 いまだ東京への人口や情報の一極集中が続くばかりで、地域の多様性や自律性がむしろ失われつつある今日、地域に根差した新たな文化的価値の創造や、人材の育成をうたった「大平総理の政策研究会」報告書の提言を、あらためて真剣に受け止める必要があるのではなかろうか。

 本稿では以下、以上の考察に基づいて、めざすべき新たな社会像を「信頼社会」として定式化するとともに、それを担うべき主体として「中核層」という概念を提案したい。


信頼社会の構築に向けて

 それではなぜ、グローバル化とIT化の進む世界のなかで、かつてあれほど賞賛された「日本型組織」はむしろその閉鎖性や硬直性が批判されるようになったのか。このことを考える上で鍵となるのが信頼という概念である。

 何らかの選択をするにあたって、他人をどこまで信じることができるだろうか。誰もが必ず約束を守ってくれると信じるのはナイーブだとしても、逆にすべての人を疑ってしまえば何もできなくなる。一般的な信頼関係が存在しなければ、すべてを物理的強制力に頼るしかなくなり、社会全体として巨大な非効率となる。この意味での信頼の存在を、アメリカの政治学者フランシス・フクヤマは健全な民主主義と資本主義の発展に不可欠であると論じ(『「信」無くば立たず』)、同じくロバート・パットナムは「社会関係資本(social capital)」と呼んだ(『孤独なボウリング』)。

 それでは、これまでの日本社会に、どのような信頼関係が存在したのだろうか。近年、グローバル化による社会の流動化によって安定した人間関係が失われ、信頼が急速に失われつつあると指摘される。しかしながら、これはむしろ日本的な「安心社会」の崩壊であって、信頼とは別問題であると社会心理学者の山岸俊男は指摘する(『安心社会から信頼社会へ:日本型システムの行方』)。たとえば、これまで日本企業では終身雇用と年功序列に基づく安定した雇用関係が存在し、企業のあいだにも継続的な取引関係が存在した。日常生活においても、低い離婚率に示されるように安定した人間関係が存在し、人びとはそこで「安心」していることができた。長期的に組織や関係にコミットすることで、さまざまな不確実性を減らすのが「安心社会」の特徴であった。

 しかしながら、ひとたび慣れ親しんだ組織や関係の外に出ると、一般的な社会的信頼が必ずしも高くないのも日本社会の特徴であった。統計数理研究所の調査結果によれば、日本人よりもアメリカ人のほうが他者一般への信頼は強い。一例を挙げると、アメリカ人の47%が「たいていの人は信頼できる」と回答しているのに対し、日本人で同じ答えをしたのは26%にすぎない。一般的な社会的信頼が低いからこそ、特定の組織や関係への関与を深めるというのが、これまで日本社会に多くみられた行動パターンである。

 そうだとすれば、一般的な社会的信頼が低いままに、「安心社会」が崩壊し始めたとすればどうなるか。ある意味で、現在の日本で起きているのはまさにこのような事態である。人びとはもはや、一度大企業に就職すれば、定年までの雇用が保証されるとは期待していない。組織にコミットすれば、必ず長期的に報いてくれるとも信じていない。とはいえ、組織を飛び出すことはあまりにもリスクが高い。結果として、安定的な組織や関係への幻想がつのり参入をめぐる競争が激化する一方、組織に残った人間も、不満があっても組織を出るに出られないという不毛な状況になっている。

 山岸の調査によれば、日本人の多くは「自分自身は集団主義的な考えをしていないが、周りの人たちは集団主義的な考え方の持ち主である」と思っている(『日本の「安心」はなぜ、消えたのか』)。それゆえに、自分だけが個人主義的に行動すれば不利であると考え、結果として集団主義的に行動してしまう。ある種の不毛なジレンマ状況に自ら陥ってしまうのである。

 そうだとすれば、求められているのは何であろうか。それは真の意味での「信頼社会」の構築であろう。信頼とは本来、人を所属する組織で判断するのではなく、その人物自身を信じてよいのか、一人ひとりが主体的に判断していくものである。そうである以上、今後の日本社会においては、これまでのように閉ざされた関係内部での安心を求めるのではなく、開かれた環境で集団を超えた人と人とのつながりを築いていくことが重要になる。言い換えれば、社会的な不確実性を前提に、だからこそ信頼できるネットワークを自らつくり出していくのである。

 そのような信頼のネットワークは、「あなたがいつか力になってくれると思うから、いまあなたの力になろう」という互恵的な利他主義によって生み出される。それは明示的な契約関係によるものではなく、関係者が相互の義務を尊重するであろうという信頼に支えられている。アメリカで「フリーエージェント社会」の到来を提唱し、IT化の影響により働き方の中心が組織から個人へと移動すると主張するダニエル・ピンクは、そのような社会においてこそ信頼が重要になると指摘している(『フリーエージェント社会の到来:「雇われない生き方」は何を変えるのか』)。

 さらに寿命が長くなった現代日本社会においては、ある個人の一生が一つの組織のなかで完結することは、むしろ稀になっていくだろう。多くの人は定年後も、あるいはそれ以前から、それまで属した組織や業界を超えて活動することになる。その場合、各個人が新たな信頼を構築していくスキルや、そのための社会的仕組みを整備することが、きわめて重要になる。一人ひとりが生涯にわたって学び、信頼を構築し続ける社会こそが、リスクに強い、発展的な社会なのである。逆に組織にとっても、信頼社会の一員となる主体的な人材によって自らを再編することが、グローバル社会における自らの競争力強化につながるであろう。

 もちろん、「イエ社会」の強い伝統をもつ日本において、「安心社会」が完全に消滅することはありえないし、望ましいことでもない。個人と組織の長期的な関係を大切にすることで、メンバーのコミットメントを引き出す「安心社会」のモデルは、形を変えながら続いていくはずだ。とはいえ、このまま「安心社会」が失われる一方で新たな信頼社会を構築することができなければ、日本はたんに無縁社会となる。より風通しの良い新たな「安心社会」とそれを支える「信頼社会」の新たなベストミックスを構築しなければ、人びとは孤立していくばかりであろう。

 そのためにも、組織は自らの内へと閉じるのではなく、外に開かれていくことが求められる。また、組織を飛び出したり、あるいはそもそも組織に属したりしないという生き方が可能になるよう、社会全体としてルールの透明性や情報の共有を実現し、人びとが主体的に信頼を構築できるようにすることが必要である。重要なのは、「安心社会」を唯一のモデルとすることなく、それを「信頼社会」によって包み込んでいくことである。

中核層とは誰か

 このような「信頼社会」の主人公となっていくのは、どのような人たちであろうか。本稿では新たな人間像として「中核層(コア・シティズン)」という概念を提唱したい。とはいえ、この「中核層」とは、これまでもしばしば語られてきた「中間層(ミドルクラス)」とどのように異なるのか。

 「(新)中間層」とは文字どおり「中間(middle)」であり、「上」でもなければ「下」でもないという消極的な定義に基づくものである。実際、日本社会では自らの生活水準をこの意味での「中」に分類する人が九割を超え、それが日本社会を支える「分厚い中間層」と考えられてきた。これに対し、本稿でいう「中核層」とは上下の階層や所属する組織との関係で定義されるものではない。自らの生き方を主体的に選択し、それゆえに積極的に社会を支えようとする自負と責任感をもった人間像こそが、「中核層」である。それはまさしく社会の「中核(core)」を担う存在である。

 他方で、「中核層」はエリートとも区別される。あるいはエリートを含む、より大きな層を指す。エリートがあくまで組織を上から指導する少数の人間を指すとすれば、「中核層」とはより広く、現場にあって、そこで得られる知識や体験をもとにイノベーションを実現していく人びとである。

 経営学者の野中郁次郎らは企業が持続的に成長していくためには、トップだけではなく全社員が現場の「実践知」を備えたリーダーにならねばならないという(野中郁次郎・児玉充・廣瀬文乃「知識ベースの変革を促進するダイナミック・フラクタル組織:組織理論の新たなパラダイム」)。企業のビジョンを具体的なコンセプトや計画に落とし込み、現場において対話や実践の場を醸成することで組織的に知を生み出す「実践知」の担い手が、自律分散的に存在する企業こそがしなやかな強さをもつ。逆に停滞する企業の多くは、現場と本社との物理的・精神的距離が広がり、有効なコミュニケーションがとれずにいることが多い。このような距離を縮めるのも「中核層」の役割である。

 このような考え方は、経営のみならず、広く社会一般にも適用可能であろう。企業や行政、NPOやコミュニティなどに広く現場の「実践知」に基づくイノベーターを養成していくことが、「中核層」を実現していく上での第一歩となる。高齢者を含むあらゆる世代のすべての男女がイノベーションの担い手になりうる社会こそが、知識創造社会にほかならない。

 しかしながら、イノベーターだけが「中核層」ではない。「中核層」の第二のイメージとなるのはネットワーカーである。イノベーションが相互に孤立したままでは、大きな社会的な力とはなりえない。イノベーションとイノベーションを結び付け、またノード(後述)とノードをつないで有機的な連携をつくり出していくのがネットワーカーである。あるいはむしろ、人と人、人とアイディア、さらには人と場をつなぐことから、イノベーションが生まれるというべきだろう。

 そもそもIT化とは、たんにインターネットなどの技術的普及だけを指すものではない。その背景にあるのは、これまで企業が独占していたコンピュータや通信手段を個人にも所有可能なものとし、個人と個人の知をつなぐことで社会的諸問題を解決していくという理念にある。そのような知のネットワークはテクノロジーによって自動的に実現されるものではなく、あくまでそれを媒介する人間によって可能になる。

 『創発』などの著作で知られるアメリカの著作家スティーブン・ジョンソンは、近著で「ピア・ネットワーク」を提唱している(“Future Perfect:The Case for Progress in a Networked Age”)。「ピア」とは仲間や同等者を指す言葉であり、社会の革新は大きな政府や大企業ではなく、仲間・同等者のネットワークから生じるという。社会において満たされないニーズが発生したとき、一部の専門家が上から画一的な指示を出すのではなく、ピア・ネットワークのなかでメンバー自身が自由なアイディアの交換を通じて問題を解決していく。その意味で、ネットワーカーの役割は今後ますます大きくなっていくはずである。

 「中核層」の第三のイメージは、社会の結節点としてさまざまな局面で個人のケアを担う「コミュニティ・ノード」である。ノードとは「結び(nodus)」を語源とする、ネットワークを構成する一つ一つの要素、いわばネットワークの結び目を指す。働き方の中心が組織から個人へと移動する時代だからこそ、コミュニティのネットワークを張り直し、一人ひとりの個人が孤立に陥ることを防ぎ、感情面を含め支えていくことが重要である。その意味で、コーチングやカウンセリングが時代のキーワードになることには必然性がある。医療や介護などケア・ワークに従事する人びとはもちろん、各種の教育者もまた、ここでいうノードに相当するであろう。人びとをケアし、その成長を支援する役割は、自らイノベーションを生み出す役割に劣らない。

 このように、イノベーター、ネットワーカー、コミュニティ・ノードに代表される新たな「中核層」は、地域や組織の中心を担い、社会に貢献することで自己実現を図っていく人びとである。彼ら、彼女らは、社会のなかに確固とした「持ち場」をみつけ、自分たちこそが、組織やコミュニティを支えているという気概をもつ。このような「中核層」に権限を与えることで、自らを律し、社会に対して責任と自覚をもつ人びとによって支えられる新たな「信頼社会」が可能になるだろう。

グローバル都市とコミュニティ

 以上、深刻な少子高齢化と財政危機と向き合うためにも、これまでの日本社会を支えた「安心社会」から「信頼社会」へのパラダイムチェンジを進め、それを担う「中核層」を強化していく必要性を論じてきた。このような社会において、若者から高齢者まで、すべての世代の男女が生涯にわたって知的創造を行ない、社会的イノベーションの担い手となることが期待される。また、これまで必ずしも活かされてこなかった人材も、より適切な場とネットワークと出合うことで活躍していくだろう。

 都市部と地方の関係についてはどうだろうか。これまで両者のあいだでは財政調整によって富の再配分が行なわれてきた。また均衡ある国土の発展の名の下に、都市部の発展を抑制してきた。しかしながら、現在、世界各地で都市化が進み、いわばグローバルなレベルでの都市間競争が進んでいる。人と情報が集積する創造的な都市の発展なしに、地域全体の発展もありえないだろう。

 トロント大学のリチャード・フロリダは、創造力ある人間が集まる創造力ある都市こそが経済成長の源であるとし、日本についてとくに「広域東京圏」「大阪=名古屋」「九州北部」「広域札幌圏」に注目している(『クリエイティブ都市論:創造性は居心地のよい場所を求める』)。この知的集積は、世界的にみても巨大である。またアナリストの増田悦佐によれば、日本の都市は、鉄道網が充実していることが自動車中心の社会に比べ、エネルギー効率においてはるかに優れている(『高度成長は世界都市東京から:反・日本列島改造論』)。日本の都市を競争的に連携させることで、世界的な優位を確立すべきである。日本の都市は世界に向かうべきである。東京は香港やシンガポール、上海などアジアのグローバル都市と競争すべきであるし、グローバル都市になる可能性を秘めた日本の都市は、東京だけではない。

 他方、多様な個性と伝統をもつ日本の各地域を活性化することなしに、日本全体の回復がありえない。そのためには地域の歴史、文化、価値観といったソフト資源を新たな技術と結び付け、地域の魅力を高めていく必要がある。そのためにも、日本の地域は自らの伝統を大切にし、人びとに心のよりどころを提供すると同時に、他の地域からの人びとを受け入れ、多様性に対応していく必要があるだろう。開かれた、ダイナミックな地域コミュニティを発展させていくことが、都市部との有効な相互補完関係を生み出す。

 本稿の冒頭でも述べたように、現代日本社会を覆っているのは、根拠なき楽観と展望なき悲観である。これに対し私たちは、根拠ある、賢明な進歩主義(プログレッシブ)でありたい。たしかに現代日本社会が直面している課題は多く、それを乗り越えるのは容易ではない。とはいえ、すでに指摘したスティーブン・ジョンソンも強調しているように、目には付きにくいものの、現場では今日も新たな取り組みがなされ、社会全体として少しずつ前進していることを忘れてはならない。今後に期待される民主主義とは、すべての個人に、それぞれの「持ち場」でのイノベーションを実現する機会を保証するものでなければならない。私たちが本当に大切にしなければならないのは、目に見えやすい「改革」や「革命」の劇的変化よりも、日々の漸進的なイノベーションの蓄積なのである。

 現在日本が向き合っているのは世界的な課題である。これからの日本の取り組みが、世界に対してもっとも有効な発信となることを忘れてはならない。これからの20年、30年先の社会をどのようにデザインするのか。次世代にどのような日本を伝えるのか。一人ひとりの個人が自らの人生を選び取ったと実感でき、それゆえに社会を支えようとする気概をもてる日本を構築していくために、いまこそが正念場なのである。

宇野重規(うの・しげき) 東京大学社会科学研究所教授
法学博士(東京大学)。専門は政治思想史、政治哲学。著書に『政治哲学へ―現代フランスとの対話』(東京大学出版会、渋沢・クローデル賞LVJ特別賞)、『トクヴィル 平等と不平等の理論家』(講談社、サントリー学芸賞)など。

谷口将紀(たにぐち・まさき) 東京大学大学院法学政治学研究科教授
博士(法学)(東京大学)。専門は政治学、現代日本政治論。総務省政治資金適正化委員会委員、日本政治学会理事を歴任。著書に『現代日本の選挙政治―選挙制度改革を検証する』(東京大学出版会)、『政党支持の理論』(岩波書店)など。

牛尾治朗(うしお・じろう) 総合研究開発機構〈NIRA〉会長、ウシオ電機会長
東京大学法学部卒。卒業後東京銀行に入行。カリフォルニア大学大学院留学を経てウシオ電機を設立。経済同友会代表幹事、内閣府経済財政諮問会議議員、日本生産性本部会長などを歴任。著書に『わが経営に刻む言葉』(到知出版社)など。