木曽崇(国際カジノ研究所所長)

 過日、シンガポール在住の古い友人から色々、仕事上の問合せの電話がかかってきて、その中で行った雑談で感じたことをメモ代わりに本エントリに記します。

 この1、2年、安倍政権の産業政策の中で最も「好調」なものの一つがインバウンド観光産業です。今年上半期の訪日外国人客数は前年度比46.0%増の914万人となっており、年末までに2000万人達成という目標が既に現実のものとして見えて来たところです。一方で市井の商業に目を向けると、銀座やお台場は常に外国人観光客で溢れており、中国人観光客を中心として大量に商品を購買する「爆買い」などという言葉が一種の流行語のようになっているところです。

 我が国のインバウンド観光は、2001年に成立した小泉政権以来「まずは年間1000万人の訪日外国人を」と達成目標を設定しながら、ついこの間の2013年までそれが「未達」の状態のままで推移してきたワケですから、ここ数年、安倍政権成立以降の「観光ブーム」というのは、我々業界人にとっても予想を遥かに超える驚きの業績であるのは事実であります。

 一方で、話はシンガポールからかかってきた電話での雑談に戻るワケですが、シンガポールの友人は私にこういうワケです。「木曽さんならば同意してくれると思うから敢えて言うけど、日本はいつまで中国人の『爆買い』なんかに浮かれてるのかね?」と。ハイ、私もそう思います。

 以前、私は本ブログにこんなエントリを書いたことがあります。

訪日外国人1000万人達成!なんて浮かれていたら、あっという間に足元をすくわれる

http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/8453624.html

昨年、1000万人の訪日外国人が達成されたのには大きく3つの要因が存在しています。

1)ここのところ続く円安傾向で、外国人にとっての相対的な観光コストが下がっていること
2)LCCの本格的なスタートにより、外国人にとっての日本への到達コストが下がっていること
3)訪日ビザの免除により、特に東南アジア諸国の人々が日本に来やすくなったこと

 このうち最も影響が大きいのが1)の円安。国際観光産業は一種の輸出産業であり、円安になれば相対的な価格競争力が上がり、当然ながら外に向けてたくさん売り易くなります。しかし、為替なんてのはミズモノであって、政府の施策によってあっという間にトレンドが変わるもの。いつ、またモノが売れない時代が来てもおかしくありません。


 安倍政権成立以降長らくつづく円安傾向の元、今の日本は外国人にとって「国を挙げてのバーゲンセール」が続いている状態であって、今市井の小売店などで「爆買い」をしている人達というのはその「為替差益」を享受するために大量購入をする、一種の「バーゲンハンター」的な存在です。

 この種の人達というのは、バーゲンが続く限りは足しげく通って大量購入をしてくれますが、一方でバーゲンが終わり、その店舗が通常営業に戻ると、次なるバーゲンを求めて他店に移ってゆく。即ち、今の「爆買い」中国人などというのは、その大半が為替相場が円高に振れ始めれば一気に日本から引いて行って、相対的により「お得な」国に向かって流れてゆくタイプの消費者であるワケで、そんな顧客に頼って中長期的な観光戦略は立てられないというのが実態です。

シンガポールの観光スポット、クラーク・キー
 何でこれをシンガポールの友人が私に向かって主張するのかというと、1980年代から90年代前半のシンガポールがまさにそのような存在だったから。当時の「バーゲンハンター」であったのは、紛う事なき我々「日本人」であり、当時のシンガポールは「買い物の聖地」として、「強い円」による購買力を背景とした日本人観光客の観光消費を余すことなく享受する存在でありました。

 ところが、シンガポールの国力が上がり、シンガポールドルと日本円の間に「為替差益」が生まれなくなる状況になると、日本人のシンガポール渡航熱は一気に冷め、より相対的な「お得」度の高い香港へとショッピング旅行の対象を切り替えることとなりました。この当時の日本人観光客の大移動は、1990年代後半から長らく続いたシンガポールの観光産業の低迷の一因であったと言われています。

 ところが、時は流れ2015年、今度は立場が変わって何故か日本人が「円安」を背景とした外国人観光客の高い消費力に、文字通り「踊っている」状況が生まれている。シンガポールの人からしてみれば、「オイオイ、日本の観光産業、大丈夫かよ…」となって全く不思議ではないと言えるでしょう。

 実は1990年代半ば以降、シンガポールの観光産業は低迷期が続くワケですが、2005年あたりから一気に再び観光ブームが起こります。そして、現在のシンガポール政府における観光政策の目標の中にも「ショッピングの聖地としての復権」というのは未だ大きく掲げられているワケですが、彼らは以前のようなバーゲンハンターの誘客は目指していません。

 シンガポールの友人は、私に向かってこのようにいうワケです。

 確かに我々もショッピングで売ってるけど、少なくとも袋菓子を大量購入したり、100円ショップで散在するような客層は全く目標としてない。我々が誘客を目指しているのは、多少の為替変動に購買行動が左右されない富裕層だからね。

 そして、最後に出て来たコメントが、先にご紹介した以下のようなものなのです。

 木曽さんならば同意してくれると思うから敢えて言うけど、日本はいつまで中国人の『爆買い』なんかに浮かれてるのかね?

…と。我々日本人としては「耳の痛い」コメントでありますが、そこにはひとつの真理があると思います。