高橋洋一(嘉悦大学教授)

 先の国会で安保関連法が成立した。これについて反対勢力は戦争法であると言い続けた。テレビ朝日の「報道ステーション」では、あたかも安保法が戦争法であるとの前提で、報道がなされていた。古舘伊知郎キャスターが「平和安全法制という(参院特別委員会の)ネーミングが正しいのか、甚だ疑問だ」などと述べ、安保法を戦争法と示唆しながら国会から中継をしていた。スタジオのコメンテーターも同じ認識だった。これらの報道姿勢に対して、スポンサーからも抗議があり、CMが打ち切られたという。

 こうした左派・反対勢力の言い分をいえば、安保法は戦争リスクを高めるという。この戦争リスクは、戦争とリスクからなる言葉だ。改めて戦争というものを分析して、それが、将来のリスクを高めるかどうかを考えてみたい。

東京芸術大で開かれた安保法反対集会=10月14日夜、東京都台東区
 左派・反対勢力は戦争リスクが高まるといいながら、誰一人として数量的な議論をしていない。リスクとは将来確率に関することであるので数量的な議論が必要なのに、みんな雰囲気で話している。今日の雨の確率といわれれば、何%ですと数字でいう必要がある。

 まず、定性的な話からはじめよう。日本はアジアで最も平和だった国であるが、その経緯を見れば、ある程度納得できる。60年安保や92年PKO協力法の時にも、戦争に巻き込まれるという議論があった。ところが、実際の歴史では戦争に巻き込まれることはなく、日米安保条約は、しっかり抑止力を発揮して、日本を平和に保ってきた。60年安保の反対論をリードした旧社会党は、その34年後、92年PKO協力法成立の後の村山富市政権で安保条約も自衛隊も認めて、結果として安保闘争は間違ったと自ら認めた。

 この議論をみれば、今回の安保法での議論とそっくりである。過去には戦争に巻き込まれるという懸念は杞憂だった。だから、今回も杞憂だろうと考えるのは自然だ。

 しかし、日本だけの歴史に頼る議論は危ない。そこで世界における戦争の歴史から、平和にするのか、戦争に巻き込まれるのかを考えなければいけない。

 戦争についてどこまで知っているのだろうか。筆者の親の世代は戦争体験があるが、筆者は話でしか知らない。誰から聞いても悲惨なものであるのは間違いない。ただし、その知識もせいぜい親の半径1メートルの世界であるので、世界の全体像はまったくわからない。

 そこで歴史の出番だ。戦争に関する本は多い。個々の戦争話には興味が引かれるが、それでも世界の全体の戦争の話はカバーできていない。長い間そう思っていたが、筆者は1998年から2001年まで米プリンストン大学に留学している間、「民主主義国家同士は、まれにしか戦争しない」という民主的平和論の権威であるマイケル・ドイル(現コロンビア大)から、素晴らしいデータベースを教えてもらった。1816年からの世界中の戦争が収録されており、ネット上で見ることができる(http://www.correlatesofwar.org/)。

 それらを整理すれば、1823年からの世界で起こった95の国家間戦争について、のべ337ヵ国が参加したことがわかる。それらの国の中で、最後の戦争から現在まで最も長く平和の期間を過ごしているのが、デンマークである。プロイセン王国とのシュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争が1864年に終戦になってから、今日まで151年間も、平和を維持している。

 アジアの国で、最も長く平和にしているのが日本である。第2次世界大戦が1945年に終戦になってから、今日まで70年間も平和である。日本人として、この平和記録をもっと更新したいと思う。

 はっきりいえば、安保法が戦争リスクを高めるのであれば、筆者はもちろん反対である。

 筆者がプリンストン大学時代に学んだ国際政治・関係論では、どうしたら戦争をしないようにできるかを研究する。左派・反対勢力のように、憲法第9条だけ唱えていれば、日本だけは平和になるという議論は論外だ。過去の歴史を分析することによって、平和にするために諸条件を探るのだ。

 その一つの集大成といえるのが、ブルース・ラセット(エール大)とジョン・オニール(アラバマ大)によって2001年に出版された"Triangulating Peace"(

 同書は従来の考え方を統合整理している。従来の国際政治・関係論では、軍事力によるバランス・オブ・パワー論に依拠するリアリズムと、軍事力以外にも貿易などの要素を考慮し平和論を展開するリベラリズムが対立してきた。

 これに対し、同書では1886年から1992年までの膨大な戦争データについて、リアリズムとリベラリズムのすべての要素が取り入れて実証分析がなされている。するとリアリズムの軍事力も、かつて哲学者カントが主張していた「カントの三角形」(民主主義、経済的依存関係、国際的組織加入によって平和になる)も、すべて戦争のリスクを減らすためには重要であるという結論だった。もちろんドイルのいう民主的平和論も重要な要素として含まれている。

 つまり、軍事力は(1)同盟関係をもつこと、(2)相対的な軍事力、カントの三角形については(3)民主主義の程度、(4)経済的依存関係、(5)国際的組織加入という具体的なもので置き換えられると、それぞれ戦争を起こすリスクに関係があるとされたのだ。これが、平和5条件だ。

 具体的にいえば、きちんとした同盟関係をむすぶことで40%、相対的な軍事力が一定割合(標準偏差分、以下同じ)増すことで36%、民主主義の程度が一定割合増すことで33%、経済的依存関係が一定割合増加することで43%、国際的組織加入が一定割合増加することで24%、それぞれ戦争のリスクを減少させるという(同書171ページ)。

 この平和5条件は、日本の戦後もよく説明できる。日本が戦後70年間も平和でいられたのは、(1)日米安保条約、(3)一貫して民主国家、(4)経済主義で貿易立国、(5)国際機関への強い関与という、まるで絵に描いたように平和理論を実践したからであることがわかる。

 今回の安保関連法は集団的自衛権の強化であるが、そもそも(1)同盟関係では集団的自衛権はマストであるので、(1)を補強することになる。なので、安保法は戦争リスクを最大40%減少させることになる。

 左派・反対勢力の戦争リスクを高めるという議論は、国際政治から見れば根拠がないといわざるを得ない。筆者はこれまで戦争リスクを高めるか低めるかについて、こうしたデータに基づく議論をしてきたが、具体的な反論はこれまでない。リスクに関わる話なので、数量的な議論が必要であることを強調しておきたい。

 これらの5条件を備えた日本だけがアジアの例外であり、アジアの他の国では、(3)民主化されていない国も多く、平和基盤は脆弱である。

 こうしたことから、必要なのは安保法に反対だと国内で主張するのではなく、中国の民主化に向けて努力する方が日本の安全保障につながる。

 中国は戦後一貫して民主国家ではなかった。中国の憲法には、まず共産党があって人々はその指導を受けるとも書かれている。これは立憲主義ではない。さらに平和憲法条項もなく、中国の軍隊である人民解放軍は共産党の軍隊と明記されている。しかも国のトップが選挙で選ばれないので、独裁国家そのものである。これがアジアの紛争要因になっているのだ。

 この選挙制度を中国人に知らせることは立派な平和活動である。この意味で、「総選挙」を広めたAKB48のほうが、冒頭の「報道ステーション」や国会回りでデモした人よりはるかに平和貢献している。「報道ステーション」の行為は、戦争リスクに対して客観的な報道をせずに、日本の平和に貢献しなかったという意味で、報道としての責任は重い。