玉野和志(首都大学東京教授)

 公明党は、いうまでもなく創価学会の会員によって支えられている政党である。もともと創価学会の政界進出のためにつくられた政党であり、当初は組織的にも未分化で、きびしい批判を招いたほどである。その後、組織的には分離されたが、公明党の党員が主として創価学会員であることは自明なことであろう。そんな一枚岩的で、不即不離とみられた両者の関係に、今回の安保法制をめぐる一連の過程で、学会内から公然と反対の声が上がったり、国会前のデモに創価学会の三色旗がひるがえったりということで、変化の兆しがみられるのではないかという見方が広がっている。ある時期、創価学会の会員に関する調査を行う機会をもった者として、この点について私見を述べてみたい。

 私としては、今回のことはそれほど驚くべきことではないように思う。以前のPKO(国連平和維持活動)協力法のときも、いわゆる「9.11」(アメリカ同時多発テロ事件)以降にテロ撲滅への動きが激しくなったときも、学会内から公明党を含めた与党の方針への反対の動きがあったことは知られている。もともと宗教団体としての創価学会の原点は平和主義にあり、戦時下の弾圧にあってもこれに屈しなかった初代会長牧口常三郎は獄中に没し、同じく投獄されていた二代会長戸田城聖が戦後これを再建したという沿革からいっても、学会内から今回の一連の政治的な動きにたいする反対の声が上がったとしても不思議ではない。

 また、私の知るかぎり、一般の学会員は驚くほど率直に幹部への批判を口にする。「幹部といったって、ろくに信心していないやつがいる」とか、「座談会での教義の説明がわかりにくい幹部は、すぐにあいつはだめだという評価になる」といった言葉がよく聞かれる。創価学会はけっして、しばしば一般に信じられているような一枚岩的で上意下達の宗教団体ではない。したがって、公明党を含む与党の政策に反対する声が学会内で上がったとしても、そのことで創価学会のたがが緩んできたとか、組織として変質してきたという話にはすぐにはならないだろう。