木下直之(美術史家、東京大学教授・文化資源学)

「ワイセツか否か」は警察だけ


 「芸術かワイセツか(仮題)」という特集への寄稿をiRONNAから頼まれて躊躇したのは、もういい加減に「芸術かワイセツか」という問いはやめようよと思ったからだ。同じ日に同じ問いが『女性セブン』から寄せられ、こちらの電話取材は断った。この問いは、少なくとも過去百年にわたって日本社会にあり、明確な答えが出たためしがない。あるいは、どうにでも答えられる問いである。書くのならそのことを書こうと思ってお引き受けした。

 メディアは盛んにこの問いを口にするが、春画を目にして、いったい誰がこの問いを思い浮かべるだろうか。永青文庫を訪れて、歌麿なり北斎なりの絵の前に立って、「うーん、これは芸術だな、こっちはワイセツだな、するとあれはどっちだろう」などと悩んでいる人がいたらお目にかかりたいものだ。

大英博物館「Shunga:sex and pleasure in Japanese art」(撮影 木下直之)
 そうではなく、「ワイセツかそうではないか」と考えながら見ている人はいるかもしれない。もし会場でそんな人を見かけたら、間違いなくそれは刑法175条と照らし合わせながら眺めている警察関係者だ。おそらく彼あるいは彼女の頭に、「芸術か否か」という問いはない。そんなことまで考え出したら、ますます判断に窮するからだ。もっと即物的に、性器が見えているか見えていないか、大きいかちょうどいいかなどと判断する。ちょうど昨年夏に、愛知県美術館の「これからの写真」展会場から鷹野隆大の作品撤去を命じた愛知県警のように。

 わたしは若い頃に『美術という見世物』(今は講談社学術文庫で読んでいただける)という本を書いたくらいだから、それが「美術」であるとも「芸術」であるともそう簡単には判断しない。いや、できない。ある時代のある地域の人々がある造形表現を「美術」だとか「芸術」だとか判定してきたにすぎないと思うからだ。

 一方の「ワイセツ」はもっと曖昧でもっと厄介だ。iRONNAがそれをカタカナで表記するのはなぜだろう。刑法は「わいせつ」とひらがなで表記している。編集部がひらがなでは猥褻感が足りないと思ったからかな。

 それはある意味で正しい。ひらがなの「わいせつ」には、猥褻な感じがまるでないからだ。昔は刑法も「猥褻」と漢字で書いた。猥褻犯と書けば、いかにもいやらしい。それがひらがなに変えたのは、刑法の口語化の一環である。つい近年のことだ。

 世の中わかりやすく、わかりやすくという方向に流れ、行政はやたらとひらがなの表記を好み、ひらがなの市町村までつぎつぎと登場、結果として猥褻まで何であるのかがわからなくなってしまった。警察が「わいせつ」というひらがな表記の概念を頭に浮かべながら、おそらくはマニュアルどおりにわいせつ物を取り締るのは喜劇としかいいようがない。

「好色」を「猥褻」に変えたもの

 ここからは、「猥褻」と断然漢字で表記する。江戸時代には、つまり春画の全盛期にはこの言葉は使われていない。「みだら」とか「みだりがわしい」という表現はあったが(猥や淫はそこに登場)、春画・春本に対しては「好色」と呼ぶことが一般的だった。井原西鶴『好色一代男』のあの「好色」で、主人公世之介は話の最後に、好色丸を仕立て、たくさんの「枕絵(春画のこと。笑絵とも呼ばれた)」を積み込み、女護島に向かって船出する。

 では、「好色」を「猥褻」に変えたのは誰の仕業だろうか。明治政府による法整備の段階で、「猥褻」は登場する。刑法(1880年制定の旧刑法)はフランス刑法をモデルにつくられたから、フランス語のobscéneの翻訳語として「猥褻」があてられた。ところが、明治になってもこの言葉は一般的に使われるものではなかった。中国語ではむしろ「淫猥」を使うと同僚の中国研究者から教えられた。つまり、文明開化の時代に、過去との断絶を強く意識して、「猥褻」なる言葉が選ばれたのだという。それが日本社会のルールとしてしっかりと根付き、今なお、猥褻をめぐる大騒ぎ(たとえばろくでなし子裁判)を繰り広げている。

 余談だが、ろくでなし子さんの逮捕と起訴は不当だと思う。春になって公判が始まった時、思わず「税金の無駄遣いじゃのお」という菅原文太の台詞(「仁義なき戦い 頂上作戦」1973年)が思い浮かんだが、サド裁判を体験した澁澤龍彦が第1審最終意見陳述を「一言で申しますと、本裁判は、税金の無駄づかい以外の何ものでもないのではないかという、大へん空しい感じを受けるわけです。」という発言で始めていたことを知った(東京地方裁判所第17回公判、1962年8月2日)。

 そんなわけで、去年から開講している「近代日本の性表現」という授業で、受講者にはまず「猥褻」の字が書けることを求めている。猥褻を論じるのなら、せめて漢字で論じようよ。

 さて、「芸術」も「猥褻」も言葉が存在する以上、それらが指し示すものは当然ある。もちろん主観的にだが。問題はこれを二者択一の問いで済ませてよいのかだ。すぐにわかることだが、両者にはほかの組み合わせだってあるからだ。「芸術だから猥褻」、「猥褻だから芸術」、「芸術でありかつ猥褻」、「芸術でもなければ猥褻でもない」等々。かつて、愛のコリーダ裁判を経験した大島渚は、「ワイセツで何が悪い」と主張、二者択一は誤りと喝破した。

 また、「わいせつコミック裁判」で知られる松文館裁判では、第1審で、「浮世絵ないし江戸時代や明治時代の春画は、それぞれに、著名な浮世絵作家の作品として、あるいは懐古一趣味に応える歴史的文物として、興味を抱かせるものであり、性行為の指導書も、夫婦を中心とする男女の性生活の充実に資するものであるなど、本件漫画本とは、読者が興味の対象とする目的及び内容を異にしており、専ら読者の好色的興味に訴えるものとはいえない。」(東京地方裁判所判決、2004年1月13日)という判決が出されている。こうした戦後の猥褻裁判をめぐる数々の議論を振り返れば、まるで振り出しに戻ったかのように、今さら「芸術か猥褻か」を持ち出すことは安直としかいいようがない。

広く享受された芸術性

 ところで、永青文庫での春画展が春画の芸術的な側面に強い光を当てていることは間違いない。とりわけ、永青文庫が旧熊本藩細川家に伝来した宝物を受け継ぐ博物館であることから、旧大名家に伝わる肉筆の絵巻を揃えた。そして、それら蔵の中に眠っていたものを明るみに出したことの意義は大きい。春画が庶民のものばかりでなく、上流階級のものでもあり、幅広い層に享受されたことを教えてくれるからだ。

 肉筆の絵巻となれば一流の絵師に発注した贅を尽くしたものである。庶民向けに複数生産された版画とでは表現の質に雲泥の差がある。とはいえ、版画も選りすぐりの上質なものを集めている。鳥居清長の「袖の巻」や喜多川歌麿の「歌満くら」などを目にすれば、その絵画表現の高さに息をのむばかりだ。「春画の名品」を集めた本展は「世界に誇るべき美の世界」(リーフレットの案内文)をこれでもかこれでもかと見せてくれる。

 展覧会場を訪れ、春画にはそのような実態があった。猥褻や卑猥などという表現で簡単に片付けられないものだということを知る一方で、そこに強い光を照射しているのは現代人の価値観によるのだということも自覚しなければならない。

 こうも言い換えることができる。春画は女性にも喜ばれたという実態がある。それは近年の研究が明らかにした(たとえばアンドリュー・ガーストル『江戸をんなの春画本』平凡社新書、2011)。一方、それを「女子」のための春画ととらえることはあくまでも現在の評価である(たとえば「特集 恋する春画」『芸術新潮』2010年12月号や「女子のための入門 特集春画」『美術手帖』2015年10月号)。

 何であれ光を当てれば陰に回るものがある。春画の芸術性が強調されればされるほど、美しいとはいえないもの、低俗なもの、低級なもの、下品なものが見えなくなる。貸本屋の手でぐるぐる流通し、結果的にぼろぼろになってまで読まれた春本もある。それらもひっくるめて春画の世界が広がっていたことも忘れてはならない。

本物を見ることの意義

 本展に先行して2013年秋にロンドンの大英博物館で開かれた春画展は、英語のタイトルをShunga:sex and pleasure in Japanese artとうたった以上、これまた「芸術」もしくは「美術」という枠組みの中に春画を収めた。しかし、それだけでは不十分と考えた企画者は、「春画と近代世界 Shunga and the modern world」というコーナーを展示室の最後に設け、春画を模した写真(ポルノグラフィーと呼んでよいだろう)や日本の兵隊がロシアの兵隊を犯しているようなあんまり趣味のよくない春画までをも展示した。永青文庫の春画展はこうした視野に欠けるが、会場のキャパシティという現実問題があるわけだから、それは仕方がない。これを突破口に、新たな観点から新たな春画の世界に光を当てる第2、第3の春画展が各地の博物館・美術館で開催されることを期待したい。

福岡市美術館「肉筆浮世絵の世界・・・美人画、風俗画、そして春画展」(撮影 木下直之)
 もちろん、今の日本でそれが容易に実現するとは思えないものの、今年の夏に「肉筆浮世絵の世界・・・美人画、風俗画、そして春画展」を開催した福岡市美術館はひとつのモデルとなるだろう。会場の一隅に春画展示室を設け、力まずに淡々と、春画を見ずに浮世絵の世界を知るなかれと主張していた。公立美術館が春画を公開展示したという点では、永青文庫の春画展よりも画期的な出来事だった。

 長い間、春画そのものが日陰の存在だった。1990年代に入って、出版物で春画が無修正で見られるようになっても、日本国内では本物を見る機会は極端に限られていた。閉ざされた扉を研究者が徐々に切り開いた。大英博物館の春画展は、日英合同の研究プロジェクトチームによって周到に準備された。研究に裏打ちされてこそ、春画の多様な世界が見えてくる。

 本物を見ることの意義は表現の精度にふれるばかりでなく、形態を知ることにもある。かたちはそれがどのように享受されていたかを示すからだ。印刷物の図版ではなかなかわからない。

 それを掲載したことで文藝春秋の社長が激怒し、『週刊文春』編集長に3ケ月の「休養」を命じたと伝わる北斎の「海女とタコ」の絵は、実は絵本(春本、艶本ともいう)なのである。紙面をびっしりと埋める詞書を読むと(もちろん研究者の助けを借りて)、海女がタコに一方的に犯されているのではなく、対等に張り合っていることもわかる。社長も、本物を見て海女とタコのバカバカしい会話に耳を傾けたうえで、それから激怒してほしかった。