丸川知雄(東京大学社会科学研究所教授)


減速の様相

 先ごろ中国の国家統計局は2015年7~9月の中国の経済成長率が6.9%だったと発表した。この数字を額面どおり受け取れば、ほぼ2015年の成長率の目標(7.0%)どおりに進んでいると評価できるはずである。だが、このデータが発表された直後の10月24日に中国の中央銀行は2014年11月以来6回めとなる基準金利の引き下げを行った。各四半期のGDP成長率を見ると、10%から7%程度の「新常態」へ緩やかにランディングしているようにみえ、かなり大きく上下動している日本のGDP成長率とは好対照を見せている。それなのに、なぜ金融緩和がせわしなく繰り返されるのだろうか。

 それは中国政府が経済の実態が6.9%という数字から示唆されるよりももう少し悪いとみているからだと思われる。だが、本当のところどれぐらい悪いのか、そしてこの悪い状態はどれぐらい続くのかがきわめてわかりにくい。おそらく中国政府当局にも経済の実態に関する相矛盾するデータが入ってきてなかなか判断がつきにくい状況にあるのだと思う。

 例えば、鉱工業は明らかに不況といっていい状況にある。主要な鉱工業製品27品目の2015年上半期における生産実績を見ると、粗鋼生産量はマイナス1.3%、自動車生産台数は2%増、発電量は0.6%増と軒並み低い数字が並んでいる。経済全体の成長率(7.0%)を超える伸びを示したのは化学繊維、非鉄金属、ICのみにすぎない。鉱工業全体の成長率は主要鉱工業製品の生産量のデータから推計されていると見られるが、各製品の生産量の数字と、2015年上半期の鉱工業成長率(6.0%)を比べてみると強い違和感を禁じ得ない。私はこの6.0%という数字は過大評価である疑いが強いと考えており、鉱工業の成長率は実際には1%台だったとみている。

 一方、第3次産業を構成する各産業についていえば、金融業が上半期に17.4%も成長するなどおおむね好調である。鉱工業がかりに1%台しか成長していなかったとしても、第3次産業がもし当局発表どおりに伸びたのだとすれば、中国経済全体としては上半期には5%台の成長をしたと推計できる。いや第3次産業の数字だって怪しいと疑問を投げかけることもできるが、こちらの方はクロスチェックするのに使えるデータがきわめて乏しい。公式発表の数字を疑おうにも、その拠り所になるような数字が見つからないのである。

 一部には中国の輸入額が減少しているから本当はマイナス成長している、という人もいるようだが、その議論には無理がある。たしかに2015年1~9月の輸入額は前年同期に比べて15%も減少している。何が減少したのかを見ると、原油の輸入額がマイナス41%、精製油の輸入額がマイナス36%、鉄鉱石の輸入額がマイナス42%と下落幅がきわめて大きく、これら3品目だけで中国の輸入額減少に対する寄与率は50%にもなる。ところが輸入の数量をみると、これら3品目とも若干増えているのである。つまり、これら3品目の輸入額が減少したのは中国の輸入需要が減ったからではなく、もっぱら国際的な一次産品価格の下落の影響なのである。たしかに輸入統計のなかには自動車の輸入台数が106万台から82万台に減少するなど、内需の弱さを示唆する部分もある。しかし、輸入減少の最大の原因は一次産品価格の下落にあるため、輸入額の推移から中国の国内経済の状況を占おうというのは無理がある。