[世界潮流を読む 岡崎研究所論評集]

岡崎研究所

 エコノミスト誌元編集長のビル・エモットが、中国の株式市場の崩壊に関して、真の問題は経済的なことではなく政治的なことである、との論説を8月28日付フィナンシャル・タイムズ紙に書いています。

 すなわち、中国の株式市場のバブル崩壊に関心を持ち、懸念を抱くべき真の理由は、経済ではなく政治にある。本件は、3つの大きな政治的問題を提起している。

 第一に、長年、中国の大きな強みの一つは、その権威主義的な政府は、民主主義政府よりも、うまく意思決定、遂行、経済改革の舵取りが出来ることだ、と言われてきたが、それに疑問符がついている。

温家宝前首相(画像:Getty Images News)
温家宝前首相
(画像:Getty Images News)
 温家宝首相(当時)が全人代で、中国の成長は不安定、不均衡、不調和、持続不可能である、と言ったのは8年前である。これは、投資集約的で汚染に満ちた経済成長から、よりクリーン、ハイテク重視、消費者主導の多様性への移行という新たな改革の宣告だったのだろうが、殆ど実現していない。中国の大気と水は今までになく汚染されている。投資が成長の駆動力としては大きく弱まり消費が重要性を増したように見えるが、単に統計上そう見えるだけである。

 2007年に温家宝が求めたような変革では、政治指導者は、大衆の信頼と社会的調和を維持しながら、利害関係者間の調停をする必要がある。そのために中国共産党は、過去2年間、政治的支配を強化しようとしているが、これまでのところ、これらの経済改革を上手く実行できていない。

 第二に、株式市場の崩壊から何らかの真の国内的な結果があるとすれば、損失を被った投資家の怒りが、失業率の増大等と相俟って、共産党指導者に対する大衆の反発につながる可能性である。問題は、そのような反発がどれくらい大きくなるか、それが深刻になった時に党がどのように応えるか、である。温家宝が言った「四不」への対応の失敗は、共産党が大衆の騒乱を如何なる犠牲を払っても回避したがっていることによるところが大きい。

 第三の大きな政治的問題は、経済的緊張が東アジア、東南アジアの近隣国への中国の行動にどう影響するか、である。これが懸念すべき最大のものである。最悪なのは、経済的緊張への対応として、中国政府あるいは軍がナショナリズムを煽り、東シナ海・南シナ海において、日本、ベトナム、フィリピンその他の国々との領域紛争をエスカレートさせることである。そういうことが起きれば、株式市場の崩壊など空騒ぎにしか見えなくなるだろう、と述べています。

出典:Bill Emmott,‘We should worry about China’s politics not the economics’(Financial Times, August 28, 2015)

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 エモットは、最近の中国の株式市場のバブル崩壊が提起する政治的問題として、1)これまでの投資主導の経済からの移行がうまくいっていない、2)株の暴落で損失を被った投資家の怒りに、失業率の増大等が加わって、指導者の恐れる大衆の反発が起きる可能性がある、3)国内の経済的不安への対応として、中国政府、あるいは軍が東、南シナ海での紛争をエスカレートさせる恐れがある、ことの3つを挙げています。

 1)は以前から指摘されていることであり、国有企業等既得権益者の抵抗、汚職追放運動で、多くがイニシアチブを取ることを恐れていることなどのため、改革が進まないと言われています。経済の基本的構造改革は、いつどの国にとっても容易ではありませんが、この改革は中国経済の持続的発展に不可欠であり、中国政府は多くの難問を抱えつつも、今後ともその実現に努力していくでしょう。

 2)について、中国政府が大衆の反発を恐れているのは、その通りです。一時期から反日デモが行われなくなったのは、反日デモが反政府デモに転嫁することを恐れた中国政府が押さえたためです。ただ今回の株価の暴落に際して、これまで損失を被った個人株主が大挙抗議したとの報道はありません。中国では株主の8割は個人で、昨年の株価の急騰に際して、金を借りてまで株を買った者が多数いるといいます。今回の暴落で被った痛手は少なくないと考えられますが、今のところそれが大衆の怒りにまでは発展していません。ただ、大きな損失を被った個人投資家の今後の動向から目を離せないというのは事実でしょう。

 3)の国内の問題から目をそらせるために対外的緊張を作り出すというのは、古典的対応であり、中国が内政で行き詰まった時、攻撃的な対外政策を推進するのではないかとの恐れはこれまでも論じられてきました。その恐れは常にありますが、今回の株価の暴落を契機として、中国が東、南シナ海での紛争をエスカレートするというのは言い過ぎでしょう。上記2)にいう大衆の反発が大規模に起きるようであればエスカレートの可能性は考えられますが、そのような反発は起こりそうにありません。

 攻撃的な対外政策の推進は当然のことながらリスクを伴います。よほど国内的に行き詰まらない限り、そのような行動は起こさないでしょう。ただ南シナ海、東シナ海の緊張は、中国当局の意図とは別に、何らかのきっかけでエスカレートする危険があります。中国と日本、その他の関係国はそのような危険の防止のための、平時の意思疎通の手段などを講じるよう努めるべきでしょう。