平野聡(東京大学大学院法学政治学研究科教授)



 中国共産党の「自壊」と一口に論じ、それがあたかも中国という国家の消滅と同義であるかのように語り喜ぶ風潮があるらしい。しかし筆者は、このような傾向は日本にとって危険であると考える。

 むしろ筆者の見るところ、中共は既に何度も「自壊」している。そして中共は自壊しているなりに、生き残りや立て直しのため、想像を絶する権力闘争や国内の締め付けを繰り返してきた、そのような中共の「凄み」を、最近まで日本人の多くは深く認識して来なかったことこそ、最大の問題とはいえまいか。

 戦後長らく、とりわけ日本と中華人民共和国のあいだに国交が樹立されたのち、多くの日本人は中共が支配する中国に一方的に期待し、「我々日本が過去を反省し援助すれば必ず発展する中国もそれに応え、日中友好が実現する」「中国に投資し飛躍的に発展すれば、市民社会がやがて成熟し始め、共通の市場や地域圏が出来上がる」といった思い込みをしてきた。

 しかし中共の側では一度たりとも、「反省した日本との真の和解を実現し、共通の意識で結ばれた東アジアをつくろう」といった類の言説は生まれなかった。中共これまで発してきたのは、ソ連との対立や貧困・体制の危機からの生き残りのため、日本から引き出せるものは引き出すという限りにおいての対日ポーズであった。ソ連の崩壊や中国の一定程度の台頭によって、日本と戦略的に共有する利益がなくなってしまえば、ドライな競争的関係にならざるを得ないというのが中国側の認識である(林暁光「中日関係与中米日三角関係---?戦略利益的構造分析」王勇主編『中日戦略互信与合作』浙江工商大学出版社)。一応、馬立誠・時殷弘氏のように、中国の長期的な国益やイメージを考えれば対日融和が好ましいと説く議論も生まれたものの、その大きな戦略的意図として日本人を米国・台湾から引き離し、台湾問題を有利に解決するという目的があることは否めない。

 要するに中共からみて、日本との関係はそれ自体が独立したテーマではなく、他の問題と連動して戦略的に判断されるべきものである。そして、他の問題が大きくなればなるほど、その問題から目をそらせるため、あるいは中共の生き残りの余地を増やすため、日本という存在から利益を引き出すかと思えば、日本を犠牲にすることも厭わない、という対応を重ねてきた。そうでなければどうして、最大の貿易相手国である日本との全面衝突を全く厭わず、しかも平和愛好的な日本人の多くを憤激させた尖閣事件を引き起こしたのだろうか? そして中共は、日本人は長期的戦略がなく、平和主義に忠実であろうとするあまり、短期的な問題で相手の不興を買わないようにしようと右往左往する傾向があるため、中共が主張を強く押し出せば通ると解釈し、その通りにして来たのであろう。

 日本国内での常識の延長で、外国も広く共通の規範に則って行動するだろうと期待し、それが平和の基礎であると見なす立場と (勿論、それが一番良いに決まっている)、だからこそ論争はなるべく避けて「こちらが配慮すればあちらも配慮し応えてくれる」という立場、そして、その期待が外国の思いがけない行動に裏切られた結果、「最早理解不能。我々は関与しないので自壊を望む」と思考停止する立場は、どこか連続性がある。昔の中国文明は、騎馬民族の「夷狄=野蛮人」に対して散々な目に遭わされてきた結果、いつの間にか夷狄の内実に対して真剣に向き合おうとしなくなり、ひいては近代史においてかつての夷狄との関係で大失敗を被った。中国の「自壊」を云々するとき、日本人がいつの間にかかつての中国文明と同じような発想、すなわち「発展した文明人たる日本が、理解不能なチャイナの自壊を喜ぶ」余り、中共・中国の凄まじい内実や思惑に対して底の浅い理解しか出来なくなってしまうことを、筆者は深く恐れるものである。
北京の中国人民銀行。景気減速への危機感から利下げに踏み切った(共同)
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