地下350メートルとは、いったいどんな世界なんだろう。あの日本のシンボル、東京タワー(高さ333メートル)がすっぽり入る深さである。そんな地下奥深くで今、わが国のエネルギー政策の「未来」にかかわる壮大な実験と研究が続けられているのをご存じだろうか。現役大学生の論客、山本みずきとともに、北海道にある研究施設を訪れ「核のごみ」の最終処分について考える。

 その場所は、北海道最北の地、稚内市から南へ約50キロ、酪農が主産業という幌延町にあった。施設の名称は「幌延深地層研究センター」。原子力発電所から出た使用済燃料を再処理した後に発生する高レベル放射性廃棄物(核のごみ)を地下深くに埋めて処分する「地層処分」の技術に関して、国立研究開発法人「日本原子力研究開発機構」が平成13年からこの場所で調査研究している。
幌延深地層研究センター(北海道幌延町)提供:日本原子力研究開発機構
 敷地面積19万平方メートルという広大な丘陵地に、2棟の研究施設と地下に通じる3本の立坑、ハコ型の排水処理施設、道路を挟んで少し離れた場所には掘削時に出た土を盛り土にしたズリ置き場がある。町の中心部からは4キロ離れているが、隣接地にはトナカイ観光牧場もあり、北海道の大自然を肌で感じられるイメージ通りの場所である。

 今回は地下施設の取材ということで、さっそくヘルメットと長靴、軍手とつなぎ服に着替え、センター西側の立坑へ向かった。定員11人の工事用エレベーターに乗り、いよいよ地下350メートルの最深部へ。安全確保のため、鉄柵のゴンドラがゆっくりと動き出す。エレベーターの明かりを消すと、真っ暗闇の世界が広がる地下へと吸い込まれていく。息をのむような静けさと暗闇が緊張感をさらに増幅させる。到着までの4分30秒という時間がいつもより長く感じたのは気のせいか。ほぼ同じ高さの東京タワーを上ったときとは、まるで異なる感覚だった。

 最深部へ到着し、エレベーターを降りると、そこは奥へと続く半円状のトンネル「水平坑道」の入り口だった。坑道の幅は約4メートル、高さは約3メートル。3本の立坑を「8」の字を描くように横に結んでつながっており、総延長は約800メートルにもなるという。ここでは坑道の掘削が周辺の地層や地下水に与える影響などを調査するほか、地震による長期的な影響の観測や、高レベル放射性廃棄物の処分を想定した模擬実験なども行う。
エレベーターで地下350メートルへ。案内して頂いた日本原子力研究開発機構の棚井憲治さん
 核のごみは、原発の運転により生じた使用済燃料から、燃料として再利用するプルトニウムやウランを取り出した後に残った廃液である。この廃液は放射能レベルが高く、元々の燃料の原料になった天然ウラン鉱石並の放射能レベルにまで下がるには数万年もの時間がかかるとされる。

 このため、処分にあたっては廃液を融けたガラスと高温で混ぜ合わせてステンレス製の金属製容器(キャニスター)に入れ、冷やし固めて「ガラス固化体」にし、地下300メートルより深い地下の岩盤に埋める。その際、厚さ約20センチの炭素鋼(オーバーパック)に包んで、さらにベントナイトという粘土を主成分とした厚さ70センチの緩衝材で覆う「人工バリア」をつくり、火山活動や地殻変動などの影響が少ない安定した地質を選んで埋める考えだ。
 地下350メートルの空間は、地上よりも少し蒸し暑い。坑道を進んで行くと、トンネルの壁から漏れ出た地下水が散見される。しばらくすると、トンネル内壁の一部分だけコンクリートが吹き付けられていない個所があった。「ここは見学者にこの辺りの地層を観察してもらうために、わざと窓のようにくり抜いています。およそ500万年前に堆積したと推定される泥岩の地質を見ることができます」。案内役を務めてくれた同機構研究計画調整グループの棚井憲治さんが説明してくれた。センターでは「幌延の窓」と呼んでいる場所だが、地質に詳しい人であれば、太古の昔、この辺りが海の底だったことが分かる地層らしい。事実、掘削工事に伴い、貝類の化石も多く見つかったという。
「幌延の窓」実際の岩盤を見て触れることができる
 幌延の地層には、地下水脈も多く、掘削工事中には地下水が溢れ、中断することもあった。平成25年2月には、毎時60立方メートルもの湧水量を記録し、一週間も工事の中断を余儀なくされている。大量の湧水が確認された場所は、今は止水対策により湧水が抑えられており、滴水を防ぐためにブルーシートが施されていた。なお、坑道を掘ると圧力差から必然的に地下水がそこに出てくるが、埋め戻すと地下水は元通りほとんど動かなくなるという。

 核のごみの最終処分にあたって、地下水は人工バリアの劣化を助長し、長期保管する上で厄介な「敵」でもある。このため、核のごみを包むオーバーパックは、腐食に耐えられるよう十分に厚みを持たせている。

 「約3センチ腐食するのにおよそ1千年はかかる。仮に地下水と接触しても、ガラスは水に溶けにくい性質がある。仮に溶けたとしても、地表に放射性物質が到達するまでには、地下深部の水の動きは非常に遅いといった理由により何十万年もの時間がかかり、結果的に地上の生活環境における放射線量は自然界に存在するよりもはるかに小さいレベルまで下がっている」。棚井さんは安全性をこう強調した。
オーバーパックはガラス固化体と地下水との接触を防止する
 坑道の入り口から数百メートル奥へ進むと、「試験孔」と呼ばれる大きな穴がある。直径2・4メートル、深さ4・2メートルの巨大な穴では、実物大のオーバーパックとそれを覆う緩衝材を使って実験している。センターでは放射性物質を使った実験は行っていないため、ガラス固化体の代わりに電熱ヒーターを内蔵した模擬オーバーパックを使用。これを緩衝材で覆って地中に埋めた後、埋め戻し材で坑道を埋め戻し、さらに「プラグ」と呼ばれる3メートルの分厚いコンクリートで蓋をする。実験では、地下水を送り込んで、人工バリアや周囲の岩盤の温度、水質、応力などの変化を設置した約200基のセンサーで計測し、地下水への影響や緩衝材の施工に問題が発生しないかなどを観測するという。
地下水を注水しながら、模擬オーバーパックの腐食の状況を検証
 安定した岩盤と人工物を組み合わせた「多重バリアシステム」。同機構が安全性の確保に絶対の自信をみせる地層処分だが、最終処分地はまだ何も決まっていない。

 政府は今年5月、原発に伴い発生する「核のごみ」の最終処分をめぐり、基本方針を7年ぶりに改定した。国が前面に立って取り組むとして、具体的には、地層処分をするうえで科学的により適性の高い地域「科学的有望地」を示すこととした。国民的議論を喚起しようという狙いだ。

 だが、世界を見渡しても最終処分地が正式に決まったのは、北欧のフィンランドとスウェーデンの2カ国だけ。いずれの国もこの問題の解決には苦慮しており、日本も例外ではない。

 特に日本では、福島第一原発事故を契機に国民の多くが「原発アレルギー」に陥ったことが大きい。そもそも、既に生じた核のごみの最終処分と、原発再稼働をめぐる議論は別物のはずだが、この2つの問題をごちゃ混ぜにして多くの人が「原発」や「核」という言葉だけに過剰反応を示してはいないだろうか。いや、むしろ日本が直面する核のごみの処分という「至上命題」に対し、現世代が目を背けているだけで、未来世代に「解決」を先送りしているだけではないのか。
 地下施設の見学が終わり、地上に戻ってくると、これまで抱いてきた疑問がふつふつと湧いてきた。「地震大国」の日本に地層処分は現実的ではないという否定的な見方もある。だが、最もあてにならないのは、戦争もすれば、テロも起こす「人間」だということも忘れてはならない。

 たとえ今は平行線であっても、反対派、賛成派がそれぞれの立場で意見を出し合えばいい。国民一人ひとりが核のごみから目をそらすことなく、自分たちの身に置き換えて建設的な議論をしていくことこそ、いまできる唯一の解決策になるのかもしれない。(iRONNA編集長、白岩賢太)