森口朗(教育評論家、東京都職員)

 出来の悪い若者を捕まえて「ゆとり教育」のせいだ、「ゆとり世代」だと揶揄するのは、好きではない。いつの時代も教育政策を決めるのは子供ではなく大人なのである。だとしたら、非難されるべきはダメな教育政策を推進した当時の大人たちであって、被害者たる若者ではないはずだ。1990年代、大多数の大人たちは「今の子供達は勉強、勉強で大変だ」という偽りの情報を信じ、文部科学省の推進する「ゆとり教育」を歓迎した。それは左の人間だけではない。「今の若者は、勉強はできるが愛国心がない」などと平気でのたまう保守系の老人が大勢いた。しかし、現実は、勉強のできる子供は学校で塾の疲れを取り、勉強のできない子は勉強に取り残されても平気だった。少なくとも学校内において「勉強、勉強で大変」な子供などほとんど存在しなかったのである。

 この上、さらに学習内容を減らす「ゆとり教育」など推進したら学校は滅び、ただの「青少年用保育園」になってしまう。それが、私が学校問題について声を挙げた原点だ。

 しかし、それでもなお彼らに対しては「ゆとり教育」の影響を無視できないのではないか? 今年の夏に世間の注目を浴びたSEALDsの面々である。

 「左派=平和を愛する正義、右派=戦争を志向する悪」という戦後の日本の空気に影響されたまま成人する「イタい大人」は昔から大勢いた。その空気はいまだ、朝日新聞と地上波TV、そして学校において顕在である。だからTVしか見ない、朝日新聞を読むだけで少し知的になった気になる程度の若者が左派になるのは仕方がないし、「ゆとり教育」とは何の関係もない。

安全保障関連法に反対する「学者の会」と若者団体「シールズ」が開いたシンポジウムで発言する奥田愛基さん(右)=10月25日午後、法政大
 私が「ゆとり教育」やその背景にある「新学力観」をSEALDsに感じるのは、代議制民主主義の原則も知らず、前回の衆議院選挙で集団的自衛権が争点になっていた事も知らず、「民主主義って何だ」と国会前で叫び、挙句にTVにまで出演してしまう。その無知ゆえの向こう見ずさである。

 ゆとり教育とは何か。それは「知識よりも意欲、関心、態度が大切である」とする新学力観の究極の形である。変化スピードの速い現代社会にあっては、学校で仕入れた知識などすぐに陳腐化してしまう。しかも今は生涯学習社会なのだから、知識などは必要があればその都度仕入れればよい。むしろ大切なのは、知識を得ようとする意欲であり、知的関心であり、知識を得る態度である。これが新学力観の概要であり、その思想に基づいて学校の学習内容を究極まで絞ったのがゆとり教育なのである。

そして、ゆとり教育は無残な失敗に終わり、日本の児童生徒の学力は地に落ちた。それは当然だろう。教員は、大学を出、教職課程で単位を取り、教員採用試験に合格した者達だ。それゆえ教科書の内容を教えるだけの最低限の知識は持ち合わせている。しかし、知に対する「意欲、態度、関心」については、まったくの凡人でしかない。意欲の高い者もいれば、仕事帰りに一杯やることしか興味のない者もいる。その上、公立学校の場合は公務員なので「意欲、態度、関心」が皆無の者も失業せずに教壇に立っている。教員に新学力観に基づく授業を強要するのは「パン屋に寿司を作って売れ」と言っているに等しい。

 そして、新学力観やゆとり教育は日本の児童生徒の学力低下だけではなく、奇妙な副産物を産んだ。それは「学力と自己肯定感の反比例」という現象だ。学力が高い者ほど自己肯定感が低く、学力の低い者ほど自己肯定が高い。分かりやすく言えばバカほど「俺ってスゲエ」と思っている、それが日本の子ども達なのである。

 さて、SEALDsをもう一度思い出してほしい。彼らの出身高校や出身大学の偏差値の低さがネット上で揶揄されたが、それをここで蒸し返すつもりはない。問題にしたいのは、その言葉や主張の平易さである。この点は、団塊の世代左翼達と180度異なる。団塊の世代左翼はまともに安保条約の条文さえ読まなかった癖に、駆使する左翼用語は難解を極めた(議論すれば大抵の者は、自分が使っている用語を理解していないことがすぐに露呈したが)。ところが、SEALDsの面々は、「安保関連法案が通れば戦争になる」「安倍政権は徴兵制を狙っている」「民主主義って何だ。民主主義ってこれ(デモ)だ。」と、言っている中身はバカ丸出しにしても、誰でも判る言葉で訴えた。そして、そのデモをする態度を大人たちが褒め称えてくれた。

 安保関連法案は成立したが、SEALDsの若者たちは、あの時の賞賛を輝かしい成功体験として記憶するだろう。そして彼らが受けてきた新学力観に基づく「知識」蔑視思想は、より強固になるはずである。

 ちなみに彼らが毎夜太鼓を叩いて反対していた法律の正式名称は「国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律」と「我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律」という。前者は15条の比較的短い新設法だが、後者は条文数こそ10だが新旧対照表が132ページに及ぶ巨大な法律だ。私は、その内容を読み解くだけでも数日かかってしまった。

 SEALDsや彼らを「かっこいい」と感じた若者たちも、いつかは「ゆとり教育」や「新学力観」の洗脳が解け、社会で発言するためには膨大な知識のバックボーンが必要であると気づいてほしいと願う。