ダンカン(コメディアン、俳優、構成作家)


 2015年10月22日、グランドプリンスホテル新高輪で行われた2015年プロ野球ドラフト会議の会場の阪神タイガースのテーブルには、わずか5日前に誕生した金本知憲監督の顔があった。

 現役時代、阪神ファンの誰もが『鉄人』『アニキ』と親しみ、そして頼りにしてきた男・金本監督の公の場での初仕事でもある。

 早速、余談で話は横道に逸れる乱文をお許し頂きたいが、金本の現役時代、彼がチャンスで打席に入るとスタンドのいたる方向から「アニキー、頼むでェ!!」「アニキしかおらんのやー!!」の声が飛んだ。

 そんな中には80歳を優に越えているであろうご老人の姿もたびたび目にしたのである。「(………いったい、アニキ、金本はいくつやねん!?)」とその都度微笑(ほほえ)んでいたのが懐かしい…。
安芸春季キャンプを訪れたタレント、ダンカン(右)と阪神・金本知憲外野手(左)=2006年2月25日(河田一成撮影)
 さて、話を本筋に戻すが、そんな常に虎ファンの胸を熱くしてくれた頼れるアニキが指揮官になったのだから、必ずやこの10年間ほど続いている『弱くないけど強くない阪神』を『強い阪神』にしてくれるはず!!と、阪神ファンの気持ちは否が応でも高ぶっている状況である。

 そして、そんな中での監督としての初仕事ドラフトでのクジ引きである。

 金本阪神が1位に選択指名したのは、東京六大学野球でリーグの通算最多安打記録を48年ぶりに塗り替えた左の広角打者、高山俊外野手(明治大)であった。

 高山は、ドラフト前から六大学野球で慣れ親しんできた神宮球場で活躍してもらう!と公言していた神宮球場を本拠地とする、2015年のセ・リーグの覇者・真中ヤクルトが予想通りに重複で指名をしてきた。

 その大珍事は、野球ファンの記憶に新しいであろうから、詳しい状況説明は省略させて頂くが、簡単に述べれば、ヤクルト真中監督が「はずれくじ」を「当たりくじ」と勘違いし、両手を高々と上げるガッツポーズをつくってしまったのだ。

 しかも、こともあろうにその真中監督の大興奮のフライングに、金本新監督は、くじの確認もせず早々とテーブルへ引き下がってしまったのだった。

 当然、NPBの確認があり、阪神が『交渉権確定』となるのだが…。

 注目していただきたいのは、その珍事そのものではなく、金本のくじを引いた時である。

 重複した高山を引き当てる確率は2分の1。まず、阪神・金本が抽選箱に手を差し入れた。おもむろに上の封筒を掴んだ金本、しかし、次の瞬間その封筒を手から離すと、下にあったモノをつかみ、そして抽選箱から手を抜いたのだった。

 その時、俺の脳裏には、あの『ドラフト抽選の悪夢』が、まるで走馬灯のように蘇ってきたのだ。1992年、後にその秀でた打撃からゴジラと呼ばれる、超高校級の松井秀樹の抽選に敗れたあの時が…。