武貞秀士(拓殖大学大学院特任教授)

日本人を知っている韓国人


 日韓が理解しあうのは難しいというが、日本人にとって韓国人は外国人のなかでもっとも「心が通じる」人々だろう。言葉を使うときの感覚、街並み、食生活、教育熱など、韓国の文化は他の国と比べたらはるかに理解しやすい。日本人にとってはトルコ人のほうが理解することが難しい。

 ソウルのある日本料理店の板前はカウンター越しに、「1年に一回、板前の日本ツアーがあり、神田、京都など、仲間でノートを持って食べ歩きをして和食のコツをメモして回ります。そうしないと韓国の和食の技術が維持できないのです」とつぶやいた。だし汁を使わず人工調味料ですませるソウルのシェフたちを見ていると、この言葉の意味がわかる。

 10月25日、ソウル市内の朴正煕記念館で2時間、案内してくれた説明員の李さんは、「朴正煕時代、日本の支援で韓国は近代化しました。水力ダム、製鉄所、地下鉄、高速道路などは日本の資金があって可能でした。戦前、日本が韓国からコメや資源を収奪したというのはウソです。日本はカネを払っていました」と解説してくれた。「大胆なことをおっしゃいますね。その説明は韓国社会ではダメなのでは」というと、「自分は親日派などとしかられています」と彼は答えた。韓国には多くはないが真実を語り、日本人、日本文化、日本社会を知っている人がいる。

日韓和解が困難な3つの理由


 しかし、日本国が韓国と協議をしたら理解しあえるというのは幻想にすぎない。韓国の日本叩きは韓国の深いところから出ているからだ。3つを指摘しよう。

 第一に、中国大陸で起こった儒教文化は朝鮮半島で熟成され、日本にハンパな形で伝わったと韓国人は思っている。明治以降、自然科学、社会科学、人文科学の熟語の多くが日本で造語されて、朝鮮半島に伝わったことなどは、普通の韓国人は知らない。知ったところで「儒教文化の弟子である日本人が兄貴の韓国に伝えた、ささやかな御礼」としか思っていない。それよりも儒教文化の「弟子」が「先輩」の韓国を35年間支配したことが許せないのである。

 第二に、韓国には決定的な建国の秘密がある。1919年、独立を求める集会、3・1運動が阻止されて、上海に逃れた人々が上海に大韓民国臨時政府を創ったが、国際社会では政府として認定されていない。国家とは軍隊と外交権がなければ国家ではないからだ。しかし、韓国では正統の政府がこの臨時政府である。だから日本が朝鮮半島の間に航路を開拓し、朝鮮半島鉄道を引き、水豊ダムを作り、茂山鉄鉱山ほかの鉱山を開発したという史実は韓国の歴史のなかで、大韓民国臨時政府の管轄する地域以外でのできごとでしかない。だから1948年8月15日、韓国は建国したとき、3・1運動の精神を建国の基礎とすると憲法に書いた。サンフランシスコ講和条約へ戦勝国としての参加を打診した韓国は、その後一貫して日本に対する戦争に勝利したという証を求めて外交活動をしてきた。大韓帝国から上海大韓民国臨時政府、そして、大韓民国建国という流れを国際社会で認定してもらう戦いはいまも続く。

 北朝鮮は抗日パルチザン運動の経験を建国の基礎としたと朝鮮民主主義人民共和国憲法の序文には書いてある。韓国は3・1運動という独立運動が阻止されたことが建国の基礎になっているが、北朝鮮は「日本に勝った」という勝ち組の気分で建国した。そのため意外と北朝鮮は「日本に対して一度は勝ちたい」とは言わない。むしろ、北朝鮮の人々のなかには、経済発展をする直前の朴正煕時代の韓国のように、日本の技術、資本、投資に期待するような「日本歓迎論」が底流にある。昨年10月訪問した北朝鮮の羅先市の経済交流担当者は、「日本の資本進出を歓迎します」と語った。

 まだ日本には一度も勝ったことがない韓国はどうしても日本に勝たねばならない。サッカー試合では他の国に負けてもよいが日本には負けてはならない。ノーベル賞を日本人が受賞するなどは、韓国にとっては国を揺るがす大事件になる。朴槿恵大統領が安倍首相に譲歩することができないことを理解するためには、大韓民国の建国の背景にまで遡る必要がある。慰安婦問題、教科書問題、靖国参拝問題、竹島問題では韓国は譲れない。最近の韓国人は「対馬奪還の時期がきた」と語り始めた。

 9月3日、国民党と戦った共産党が率いる中国が、なぜか日本に対する勝利を祝う抗日戦争勝利70年行事を挙行した。戦勝国としての地位を追求してきた韓国の朴槿恵大統領が9月3日、天安門の壇上に立つのは韓国にとって当然のことだった。

 第三に、進出してくる列強に翻弄されてきた韓国は、国際政治の力学を読む力が優れている。中国、ロシア、日本、米国の間で国益を考えてきた韓国の苦難の歴史は、韓国人の現実的な国際政治感覚を磨いてきた。

共同記者発表する(左から)安倍首相、韓国の朴槿恵大統領、中国の李克強首相=2015年11月1日、ソウルの青瓦台(代表撮影・共同)
 21世紀にはいって中国が軍事、政治、経済のすべての分野で急速に台頭したとき、日本が没落しつつあると判断した韓国は、日本との友好関係を続けるのがよいのかと自問しはじめた。金大中政権時代の「日本も韓国にとっては大事だ」という戦略に迷いが生じたのは、李明博政権時代だった。李明博大統領は京都での日韓首脳会談で、外交当局が準備した外交案件を封印して大統領自ら日韓歴史問題を取り上げ、翌年8月、竹島上陸をした。

 日本人には「韓国は感情にまかせて外交をする」などという誤解があるようだが、そんなことはない。韓国は戦略をたてて、交渉戦術を練って、巧妙に計算をして外交をすることができる。官僚が準備した議題を封印して、首脳外交を遂行することができる大統領中心の政策決定システムが備わっている。ただ、そのために、韓国の対日政策には、バイアスに基づいた誤認、誤算、誤判が目立つことになってしまった。「日本没落」と判断した大統領が竹島上陸という禁じ手を使ったとき、2012年8月、韓国人の目には合理的に見えたのである。将来、韓国の対日政策を韓国人がふりかえって、「あのとき、こうすれば良かったのに」と議論する可能性も少ない。「日本をはじめとする周辺諸国の自己中心の大国の狭間で翻弄された韓国」と説明してしまうだろう。

 いまの韓国の気持ちは、「日本の力は低下してゆく。貿易、投資などの分野で中国が日本の役割を果たしてくれる。韓国の努力を軽く見ている米国との同盟関係では、韓国の自主性を高めてゆく。ロシア、中国と協力すれば北朝鮮を説得できる。北朝鮮との交流と対話は独自に進める」というものだ。このとき韓国にとって重要であるのは中国だ。それに日本を叩けばたたくほど、中国は胸襟を開いてくれるように、韓国の目には見えている。そして、中韓戦略的パートナーシップ時代を強化している。

 いま、朴槿恵大統領の政策の目玉は、朝鮮半島から欧州を陸路で結んで交流を促進するというユーラシアイニシァチブ構想である。中国と韓国では中国の習近平主席の一帯一路構想は、相互に補完しあう構想であるという分析が活発だ。東西を結ぶという壮大な計画であり、大陸地域の相互協力を進めることで、韓国にとっては北の方向に視界が開けてくる。韓国の中国への傾斜は、米国が「心配だ」と忠告しても止まるものではない。実は、韓国が主導権をとって韓国から鉄道列車を走らせて北朝鮮内を通過して欧州に到達するという夢が実現することになれば、朝鮮半島の南半分に位置して閉塞状態であった韓国にとり歴史上、初めてのことになる。日本との友好関係を回復して、中国に嫌われるなどという選択をするときは、韓国の政策立案者の発想にコペルニクス的大転回が起きるときだろう。

国交断絶よりも対韓外交の3原則を


 もう韓国とは国交断絶せよと説く人々がいるが反対だ。19世紀以降、日本は朝鮮半島の経済建設を支援してきた。1965年、統治時代に朝鮮半島に残した日本の財産の返還をあきらめて、韓国に対する請求権を放棄した。そうすることにより日韓の懸案事項が解決するという約束が日韓基本条約と協定だった。これで日韓関係は未来志向になると日本人は思った。これが日本人の良さであり、お人好しなところだった。国交断絶は、日本人の良さを自己否定するものだ。誠意と思いやりと自己規制をもとに戦後外交防衛政策をしてきたので、国際社会から認められているのが日本だ。日本が選択した戦後の選択を将来、韓国人が心の隅に置いてくれる日がやってくるかもしれない。

 ここで対韓外交、新3原則を提唱したい。

 その1。日韓関係はあわてて何かをするのは控えるのがよろしい。日本から喧嘩もふっかけない。沈黙して日本が正しいと思う道をゆく。粛々と国務大臣は靖国参拝を続ける。アジア金融危機になればドルを融通することはしない。中韓のスワップ協定は韓国のドル枯渇には助けにならない。中国が韓国に供与するのは人民元だから。それでも日本は静観する。友人を助けないというのではない。将来の致命的な日韓摩擦を防止するためだ。金融危機のときに日本が軽々に緊急支援をしたらどうなるか。後に「韓国経済を牛耳るために韓国経済の苦境に乗じて韓国にドルを貸した」と韓国の歴史家が記述するだろう。そのような誤解は防止したい。戦後の日本はカネを出しすぎた。謝りすぎた。談話を出しすぎたのである。

 その2。優先順位の上位にある国家との関係改善を優先する。モンゴル、中央アジア、ベトナム、インド、フィリッピン、米国、豪州との関係強化はいうまでもない。日米豪の防衛協力網にインドを加えた同盟関係を構築する。話せる相手から順に話をするのはあたりまえではないか。政府開発援助をたくさん受け取ったあと、日本の新幹線関連の資料を受け取って中国の高速鉄道導入を決めたインドネシアとの関係はどうなるのか不明だ。

 その3。「強すぎる」日本を創造する。韓国が中国と良い関係を構築できたのは、中国が強すぎるからだった。日本が強いときは、日韓関係は良かった。弱くなったと判断した韓国の大統領は竹島に上陸した。安倍政権になり、経済に復調の兆しがでてきた。安倍政権があと3年は続きそうだ。国際社会は日本の主張に耳を傾けるようになった。米国は日本との防衛協力を重視している。日本が復調してきたとき、韓国は日韓首脳会談の開催に前向きになっている。安保法制が成立してから日中では高官レベルの往来が復活している。「強い日本」が日中、日韓関係の改善に貢献している。「強すぎる日本」が日韓、日中関係改善を加速するだろう。そのとき日朝関係に動きがでてきて拉致問題解決のシナリオが見えてくる。

 繰り返すが韓国は目標をたてて、国家戦略を持ち、感情を抑えて交渉戦術を練り、国家予算を投入できる国だ。世界文化遺産登録事案では、日本に「強制労働」を認定させようとした。国家戦略を持ち、国家予算を投じて慰安婦像、慰霊碑を米国や他の国に設置するロビー活動をしている。

 驚くほどの巧妙な韓国のユネスコの世界遺産登録に関する会議戦術、対馬の仏像の返却拒否の背景にある韓国の戦略戦術を読み取ろう。売り言葉に買い言葉といって国交断絶で応えたら、日本が国際社会で発言する機会を減らすことになる。北朝鮮問題も同じだ。「拉致被害者に関する完璧な調査報告を出さないのであれば日朝協議は無用。制裁強化」という主張がある。問答無用、対話打ち切り、制裁強化、国際圧力をというのが日本社会の多数派だろう。これも問題解決にはならない。そうして拉致被害者が日本に帰国する日が早まるのだろうか。北朝鮮も計算して日本に対する政策を立案している。

 本論の結論は、戦略と戦術と計算が巧みな韓国と北朝鮮とのつきあい方は、日本が巧みな交渉術と国家戦略を前面に出して、その間に「強すぎる日本」をせっせと構築することだろう。