BLOGOS編集部



 5日、元陸上自衛隊北部方面総監の酒巻尚生・元陸将が会見を開いた。酒巻氏は第9師団長、統合幕僚会議事務局長などを歴任。9月に成立した安全保障関連法制は必要だという認識の上で、さらなる法制度の整備、また国民意識や自衛隊の社会的地位の問題などが解決されなければならないと訴えた。 
冒頭発言

 一点だけお断りさせていただきますと、私は決してこの大好きな日本の国、あるいは日本の政治の悪口を言うつもりはありません。ただ、先日国会で成立した安全保障関係の法制は、これからの日本をより良くするためのまだまだ第一歩と位置付けておりますので、これからどういうところを直していってもられば良くなるか、という視点でお話をさせていただきます。 

 私の感じた所を、中国で昔から言い伝えられております「画竜点睛を欠く」という観点から申し上げます。昔、中国のある画家が四匹の龍を家の壁に描き、四匹のうちの二匹に眼を書き込んだところ、龍が生き返ったように壁を突き破り、天に登っていった。一方、眼が描かれなかった龍は、そのまま壁に描かれたままだった、という話です。つまり、一見すると良く見えていても、肝心なところが欠けてますと、決して出来上がりが万全だとは言えないということです。 

 戦後約70年間の安全保障の流れを大きく見てみますと、まず「一匹目の龍に眼を描き入れた」のは、1952年、サンフランシスコ講和条約を結びまして、わが国が独立を果たした時だと思います。 

 この当時、日本政府は「軽武装」「経済復興最優先」の国家の路線を決定しました。全く何も無くなった、荒廃しきった当時のわが国の状況を考えますと、この進路そのものは非常に正しかったと私は思います。ただ、それから70年近く経ちました今の状況を見ますと、経済的には繁栄を迎えました。つまり身体の部分は非常に大きく成長しましたけれども、頭の部分の、国を守る、安全保障という部分は完全とは言えず、若干未成熟だと思っております。 

 二匹目の「龍の眼入れ」は、1991年に湾岸戦争が終わりまして、海上自衛隊の掃海艇がペルシャ湾の機雷掃海のために送られたことだと思います。半世紀の間、国内問題に集中してきたわが国が、初めて「国際貢献」という道を開きました。それ以降、約20年間にわたりまして、PKO等で延べ約5万人の自衛官が海外に派遣され、任務を遂行しておりますし、安全保障関連の法制も色々な面で整備されてきましたが、やはり残りの二匹の龍に「眼」が入った、というところまでは行きませんでした。 

 この、残りの三匹目と四匹目に入れるべき「眼」についてお話する前に、今回成立しました安全保障関連法制の意味を説明したいと思います。 

 今回の法制の目的は、集団的自衛権の限定的な行使を容認すること、もうひとつは、わが国がより積極的に国際協力を実施すること、これを法的に裏付けたということだと思います。 

 私なりに、今回法制が整備されたことの三つの意義を申し上げます。 

 一つ目は、日米同盟のさらなる深化・強化による実効性の拡大です。

日米同盟は、戦後日本の安全確保のための防衛体制の二本の柱です。一つはわが国の自主的な防衛努力であり、もう一つは日米安全保障条約に基づく米国の役割遂行、この二本柱でありました。わが国にとってのこの日米同盟の重要性は、これまでも、あるいは将来も一切変わらないと思いますので、可能な範囲で日米の絆を深めていく努力が必要であると思います。 

 二つ目は、わが国の国際社会における信頼の獲得、国際社会での孤立を防ぐということだと思います。わが国は資源に乏しい国ですので、国際社会で孤立すると国民の生活に非常に大きな影響が出てきます。 

 三つ目は、自衛隊の任務を達成していく上での基盤をしっかり作りあげることだと思います。今までの法律では、自衛隊に現場でなかなか許されなかった行動も一部可能になりました。 

 少し細かく説明しますと、これまで必ずしも完全にはできていなかった、関係する諸外国との平時からの情報交換・共同訓練が可能になります。
次は防衛力整備。自衛隊の将来の体制をどう作り上げていくか、それに伴う装備品をどの程度取得するか、その方向性が決まるということです。
もうひとつ大事なことは、自衛隊が平素行っております教育、あるいは訓練。これに明確な根拠が与えられるということだと思います。これによりまして、部隊あるいは隊員個人個人の練度が向上することが期待できますし、意識が大きく変わっていくことも期待されます。 

 今申しましたように、今回の法制成立によりまして、日本の「抑止力」、万が一の自体が起きました時の対処の力、これが向上すること、またこれから国内外で任務にあたります自衛隊員のリスクを軽減することにもなる、これが今回の法制の意義です。 

 では、3匹目と4匹目の龍の「眼」、これは何かということです。 

 3つ目の「眼」は、国民の意識の問題です。

 わが国の憲法には、国民ひとりひとりの国を守る義務という規定がありません。また、いわゆる"平和な状態"が70年間続いてきたために、国民ひとりひとりの意識の中に、国を守ることは国民の責任であり義務であるという認識がだんだん薄らいできている事実があると思います。さらに大半の国民の意識の中で、戦争、軍事に対する強いアレルギーが存在していることも事実だと思います。 

 私自身は、そうした意識を改革するために今回の安保法制の論議に非常に期待していたわけですが、結果的には「いかにこの国を守るか」という本質からはやや外れた国会内での論議、それからマスコミが毎日のように流しましたネガティブ・キャンペーン、例えば「戦争するための法案」であるとか、「徴兵制が採用される」とか、「自衛隊が人を殺し殺されるんだ」というキャンペーンによって、一部国民の意識がどうも反対の方向に動いてしまった。これが残念で仕方ありません。 

 また、論議の中で、国民が背負うべきリスク、国の平和や自分たちの生活を守るために背負うべきリスクという問題について、一切触れられていなかったということがあります。かなり多くの国民の意識の中には、未だに我々国民は守られるべきである、という意識が強く浸透していると思います。やはり今こそ国民を挙げて、自分の身は自分で守るという、本来の姿に立ち戻る時期だと私は考えます。 

 4つ目の「眼」は、これは自衛官の社会的な位置付け・地位付けの問題です。
これも憲法上に明確な規定がありませんので、戦後70年経った今におきましても 憲法解釈上、自衛隊は「軍隊」、「戦力」ではありません。また当然、自衛官は諸外国でいう「軍人」として認められてはおりません。
ちょっと脱線しますが、私自身、自衛隊に入りたての若い頃、街を歩いていて「税金泥棒だ」と罵られたことがありました。 

 自衛隊ができまして半世紀以上経った今、自衛隊に対する国民の人たちの信頼感は大体9割を超えるところまで来ております。これはひとえに、自衛隊員個人個人が、与えられた任務を遂行する際に背負うべきリスク、これは覚悟して任務遂行に当たるわけですが、そのことが逆に、国家であり国民のリスクを低下させるんだという自負と誇り、これが一つの大きな原動力になってきたんだと思います。 

 また、自衛隊の任務、あるいは役割はこれからますます増えていくことが予想されますが、新しい任務に応じた権限が十分に伴っていないことです。
これは主として法律の様式に問題があると思います。なぜかと言いますと、自衛隊の法律は全て、ある特定の条件の下で自衛隊が"行動できること"、"やっていいこと"が規定されている法律になっているからです。従いまして、現場で任務遂行中に法律で規定されている条件以外の状況、いわゆる"想定外の事態"が起きた時、迅速に現場で判断できる権限が非常に限定されている状態にあります。
諸外国の軍隊の法律は、全て最小限、国際法等で禁止されている事以外、現場の判断で任務遂行に必要な行動が取れるという様式になっております。 

 さらに、自衛隊員、あるいはその家族に対する国の施策、これが明確に定まっていないことです。
もし現場で万々が一不測の事態が起きた時に、国、あるいは国民がどのように対応するかということが定まっておりませんので、これをできるだけ早く明確な形にすること、これが国にとってまず何はさておいても手を付けなければいけない極めて重要な課題です。そういう体制が取られますと、自衛隊員はいついかなる任務を与えられましても、後顧の憂いなく、送り出す家族も心配することなく、任務遂行に当たれる体制が初めてできるわけです。 

 以上申し述べましたが、第三、第四の「眼」の問題が解決をされていきますと、初めてわが日本は本当の意味で国際社会に地位を占めることができる、国として諸外国から信頼をされることになると思います。
現場の自衛官は「リスク」が取り上げられたことに疑問を感じているのではないか »

南シナ海での自衛隊の行動は可能か

 ー今回の安保法制が可決されたことで、より効果的に尖閣諸島などを防衛できるようになるのか。また、南シナ海では米国と中国の問題が起こっているが、この地域において日本も何かできることがあるか。 

 まず皆さんに理解していただきたいのは、昨年7月1日に閣議決定され、その趣旨が法に入りました「集団的自衛権の行使」につきましては、憲法の枠内ということで非常に限定されているということです。
従いまして、諸外国の国際標準でいう「集団的自衛権」と、今回日本が行使容認に踏み切りました限定的な「集団的自衛権」との間には大きな差があります。 

 日本がこれから行使することになる集団的自衛権は、最終的にはあくまでも日本の防衛が大きな目的となりますので、無制限に行使できるわけではありません。これからの軍事面での貢献についても、非常に大きい憲法の制約がかかってくるので、全てできるわけではありません。 

 現在、南シナ海で中国とアメリカが動いておりますが、現時点では新しい法律が施行されておりませんし、行動の基準が明確に定まっていないので、今までの法律では自衛隊は行動できません。新しい法制が整備されて ある程度準備が整いますと、海上自衛隊に何らかの任務が与えられるということになりますが、基本的には自衛隊が武力行使を目的として海外に送られることは憲法の制約上許されません。 

 個人的な全く意見ですが、もし将来南シナ海に自衛隊が派遣されるとしても、米艦船等に対する後方支援になるのではないかと思います。 

 ー日本は中国の領土とは認めていないわけですから、アメリカやオーストラリアなどと一緒に、人工島の12海里以内を「共同訓練」という形で行動することも問題ないのではないか。 

 南シナ海の問題につきまして、現在の法制でも可能ではないかということですが、これは非常に判断が難しいことだと思います。なぜかといいますと、日本は「全方位外交」をメインにしています。確かに日米同盟は絶対的に重要ですが、アジアにおきましては日中関係もあります。ここでもし12海里の中で海上自衛隊の艦船が行動した場合、果たして日中関係にどのような影響が出るか。この辺を考えなければいけないと思います。

 今の法律でも、自衛権には「個別的自衛権」もありますので、もし中国の行動がわが国のシーレーンに対して致命的な、悪い影響を及ぼすということになれば、あるいはこの個別自衛権で海上自衛隊等を派遣することも可能ではあると思いますが、この段階でも、政治的にものすごくハードルの高い決断を要するものだと思います。 

戦後の教育に大きな問題がある

 ー自衛隊の責任、義務も大きくなってくるが、昔は防衛大学校に入学するのは、まさに一流の大学に準じる人たち、優秀だが経済的にそういうところに行けない人たちだったと思う。詳しい方に話を伺うと、こういう言い方は変だが、最近では、二流、三流の大学に入るような人たちが行くレベルになってしまっていると聞いている。その現状どう見ておられるか。 

 これは非常に質が良い時期と、少し落ち込んだ時期と、波を打っております。これは社会の景気の状況、これも大きく影響しております。しかし、その谷の部分を底上げするために、質の高い学生を採用し、これを立派な自衛官に育てるためには、先ほど申しましたように、「自衛官は軍人じゃない」という、憲法上の地位付が非常に不明確なところにも問題があると思います。 

 ーヨーロッパの多くの国々でも、国民に国を守る義務や責任は規定されていないと思うが。 

 先ほど言いましたのは憲法に明確な規定がないということですが、それ以外にも、日本の場合、戦後の教育に非常に大きな問題があると思います。終戦後、連合国の占領下にあった時に日本の戦後教育の基本はできました。その教育の中では、愛国心とか国の歴史とか、いわゆる「これが日本だ」というアイデンティティを生徒にはっきりと教え込むことが現場からネグレクトされてしまっていました。 

 私自身もそうですが、そういう教育を受けた人たちの頭の中からは、「国」というものに対する感覚が、おそらく外国の皆さんとはちょっと違ったものになっているのではないかと思います。「国」の概念もないですし、見せかけですけれど平和な状態も続いてきたということになると、「決められたことでもないのに、なんで国を守るためにリスクを冒さないといけないんだ」という考えが自然と根付いてきてしまうのではないかと私は思います。 

現場の自衛官は「リスク」が取り上げられたことに疑問を感じているのではないか

ー今回の安保法制について、自衛官の本音にも個人差があると思います。役割は増えたけれども権限や保障が伴っていないというお話で、自衛隊に入っている方々の中には、日本が攻められたら体を張って、武力行使も前提とするけれども、「後方支援」などは聞いていない、話が違うんうじゃないか、という捉え方をする人がいても当然だと思うのですが。 

私自身は今回の安保法制につきましては、これは絶対的に必要であると思います。必要であるし、逆に言うと、これはあくまで"入り口の扉が開いた"と。この法制が全てではなくて、これから、派生することや細部を埋めていくという段階と受け止めております。 

今までの議論で、国会の中も外もそうですが、私が一番割り切れないと言いますか、理解し難いことが二つあります。 

一つは、いわゆる「リスクの問題」です。

 国民が負うべきリスク、これに関しては全く言及されませんでした。また、自衛官のリスク、この問題は国会でも度々取り上げられましたが、質問した野党側は、どうも法案の危険性をアピールするために自衛官のリスクを使っているんではないかと。「危ないじゃないか」と言いながら、なぜかリスクを軽くするためにこうするべきだという方法論が全く彼らの口からは出なかったことです。 

 また、全般的には新しい役割が増えても、リスクはそれほど大きく変わらないという基本姿勢がベースにあるものですから、本当に国会を挙げて議論されるべき、新しい役割に応ずるリスク、あるいは現場の自衛隊員が負うリスクが真剣に議論されなかったのは、内心失望したところです。 

 もうひとつ、現場の自衛官の立場で言いますと、リスクという問題が新たに取り上げられることそのものに疑問を感じているのではないかと思います。 

 なぜかと言いますと、自衛隊の創設以来半世紀以上が経っておりますが、今までの国内の任務、あるいは20年前以上から始まっているPKOその他の国外の任務遂行にあたって、リスクが全く無いなどとという任務は一つもなかったのであって、新たな任務が加わることでリスクの"質"は変わるかもしれませんが、今まで全くリスクがなくて、これからの任務でリスクが増えるんではないかという議論は、非常に悪い言葉で言えば、これまでの現場の自衛官の任務そのものへの見方がおかしい、ということになります。

 今までもリスクはありました。それをなんとか訓練なり、自分たちの意識で、あるいは部隊としてのまとまりで乗り越えてきたわけでして、現場の彼らは今後も与えられた役割を果たすためにリスクを十分背負いながら国民のために働くということです。 

 もう一点、これは個人的に期待したい、注目したいのは、法制成立の段階でも国会の内外に残った問題です。それは当時から言われていましたが、国民の皆さんの法制に対する理解度、これがまだ不十分であることです。政治家の皆さんの口からも出ていましたし、国会外の活動でも言われておりました。 

 まず国民的なコンセンサスが得られるような努力を、政治家も役人も、我々も一丸となって進めていって、法律が施行されて自衛隊が動き出すまでには、今よりは色々な問題に対する国民のコンセンサスが得られるような体制づくりを進めてもらいたいということです。 

 自衛隊が国のため、国民のために働く最大の心の拠り所は、国民の皆さんの理解と支持だと思います。 

見通せる将来は、日米同盟を基準に考えるべき

ーもっと根本的な質問だが、日本の戦力そのものはどれくらいのものなのか。憲法の縛りを別として、万々が一のとき、尖閣諸島を防衛するだけの力はあるのか。 

まず、戦力というのは量的な問題と質的な問題と両面から分析されなければいけないと思いますが、日本の場合、ご承知のとおり、非核三原則、専守防衛という国の方針のもとで半世紀が過ぎてきましたので、自衛隊を大々的に海外に送り込む、いわゆるパワー・プロジェクション(戦力投射)の力は持たない、という制限がありました。 

 従いまして、日本を守るための力としては、今の陸海空三自衛隊の能力である程度十分だと私は思いますが、将来、いろいろな状況が起きる場合、必ずしも自衛隊の力だけで守れるかどうか、疑問に感じるところもあります。従いまして、そこを日米同盟や関係友好国との協力関係を強固なものにしていって、決して日本一国のみで守るということではなく、大きな同盟関係の中で日本を守るという道を取るべきだとおもいます。 

 ー自分の国は自分で守るという話だが、そのためには、沖縄の問題もあるし、そろそろアメリカ軍は良いという考えもあるのではないか。まだアメリカ軍に頼らなければいけない、と酒巻さんがおっしゃったのも残念だ。 

 おっしゃるとおり、自分の国は自分で守る、これは大前提です。これは世界どこの国でも一緒だと思います。だから本来は、自分の国は自分で守れるという体制を完全に作った上で、さらに諸外国との協力を築いていく、これが本来の姿だと思います。 

 私は先ほど、将来も日米同盟を基本に、と言いました。逆に今、見通し得る近い将来において、このアメリカ頼みをやめて日本一国で、というように路線を変更した場合に、それが本当に日本の国力・国情で見た場合に妥当なのかということだと思います。 

 政治的な問題、外交的問題、予算的な問題、さらには国民意識の問題など、全てがそういう方向に行かないと、また国民の総意がないと、戦後70年間の路線を大きく変えることはなかなか難しいと思います。見通しうる将来に、これを根本的に変えて、わが国が自分の国を自分の国だけで守るということを追及することが現実的なのかというと、少し疑問を感じますので、やはり見通せる将来は、日米同盟を基準に考えるべきだと思うわけです。


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