渡邊啓貴


 筆者は今春、フランスのボルドー政治学院で日本政治について講義をする機会があった。ほかの集中講義よりも登録学数数が多く、出席学生は熱心であったが、課題レポートの半数近くが文化外交についてであったことには驚いた。世界に誇るフランスワインの本場で、日本通であることを自負する学生も数多くいて、筆者に話しかけてくる。彼らにとって、日本は伝統文化と近代科学技術を併せ持ち、文化外交に成功した国として理想的な国ということのようであった。

 その反面、我々が考えるほどにはかれらはフランスの文化外交が成功しているとは考えていない。フランスが誇る奢侈品や装飾品は古色蒼然たるイメージのコマーシャリズムにしか見えないのである。決して「クール(かっこいい)」ではないのである。しかし確かに往時の勢いはないが、我が国をはじめとして世界中どこにでも、フランス文化の愛好家は多い。世界に根付いた文化であり、フランスの文化産業は依然として一定のシェア率を誇っているといってよい。

日本文化普及の突破口としての「クールジャパン」

 こうした海外の若者たちが日本に関心を持つ切掛けは、マンガ・アニメ・ゲーム・DVDなどであることが多い。

 パリ郊外で毎年開催されるJ-Popの祭典「ジャパン・エクスポ」は、日本のポップ・カルチャー大ファンの三人の仏人が最初は小学校の教室を借りて立ち上げたイベントであったが、今や今年で16回目を数え、25万人もの人々を集める世界最大の日本文化関連イベントとなっている。各種マンガ・アニメのブースや日本の若者向けファッション、コスプレーショー、ポップコンサートなど大変な賑わいである。私はこの種のイベントを「夏祭り参加型イベント」と呼んでおり、日本の海外イベント展開の一つのパターンであると考える。

「ナルト」や「ワンピース」は世界中で大人気である。ワインのマンガ「神の雫」はフランスとイタリアのワインの蘊蓄を傾けたものだが、これも仏語訳で良く読まれている。青年層を中心にJ-Popの浸透振りは驚くばかりであるが、それを切り口に日本社会や歴史伝統文化に関心を広げる人々の裾野も広がっている。

 今から7年前の日仏外交樹立150周年記念の年、その一年間だけで大使館に登録された記念文化事業の数は758件に上った。平均して一日二件フランスのどこかで日本関連の文化事業(の式典)が開催されていたことになる。柔道人口が世界最大の国は六十万人の「ジュードーカ(柔道家)」を擁するフランスであることはつとに有名である。鎧兜は昔から人気があるが、武具を着けた剣道も徐々に普及しつつある。

 日本人街ともいわれるオペラ座界隈の日本料理店、とくにてごろな値段の日本ラーメン屋ではフランス人の若者が客の大半である。彼らはラーメン餃子や半ちゃんラーメンとビールで盛り上がっている。

 その意味では、「クールジャパン」は日本への関心と日本ファンを育成することに大きく貢献したことは確かである。

国家ブランド「ジャパン」--日本の好イメージ---信頼できる国、日本

 さて人気上々は結構なことだが、この「クールジャパン」の効用は、どんなところにあるのであろうか。ひとつは経産省がバックアップする「クールジャパン機構」をはじめとする文化産業の貿易振興という経済効果、もうひとつは日本文化ファンの増加にあやかった対外広報文化活動の活性化、というふたつの方向である。

 「クールジャパン」とは、ダグラス・マックグレイが2002年に発表した論文GrossNational Cool の中で、日本の文化的潜在力について論じたときに使った表現である。バブル崩壊以後経済的に後退する日本経済とは裏腹に、ポップ・カルチャーの面で日本は世界に大きな影響力を及ぼし始めた、と論じたのである。

 しかし今日一般に使われている「クールジャパン」という表現は、そのような意味に限定されない。より伝統的な日常生活の側面も含む広い意味での表現である。華道・茶道が伝統文化といってもかつては「禅」の生活習慣の一部であり、「花嫁修業の必須科目」であったのだから、「ポップ」であった。文化とは発祥の段階ではポップであったという主張はよく聞かれる主張である。後で述べるが、「クールジャパン」とは何かというコンセプトの問題はやはり改めて問い直されるべきであろう。

 いずれにせよ国際的な日本人気は上げ潮であり、これを利用しない手はない。国家のイメージは、その国の総合力の反映である。「国家ブランド指数」というものがある。対象国の「文化」、「国民性」、「観光」、「輸出」、「統治」、「移住・投資」の6つの分野を指数化したものである。それによると2014年のトップはドイツ、二位は前年一位だったアメリカ、日本は6位である。日本は大体5-6位にランクされる。また、ブランド・コンサルティング会社のフューチャーブランドが、17ヶ国の頻繁に海外を旅行する旅行者を対象にした調査「国別ブランド指標」では日本は2010年の6位から2014-15年には1位になった。またBBC(読売)の調査による「世界によい影響を与える国」として日本は昨年5位(1位はドイツ)、一昨年は4位の地位にあった。2012年にトップとなったこともある。

 いずれも日本が、多様な文化と長い歴史をもち、最先端の科学技術と世界第三位の経済力を擁するだけでなく、最近では観光立国をめざして富士山、和食の世界遺産登録を追い風に「安定した信頼できる国」としてよいイメージを世界に与えていることを示している。