春日良一(スポーツコンサルタント)

 サマランチベイビーと呼ばれる競技がある。サマランチの赤ちゃん?! サマランチとは1980年に就任した国際オリンピック委員会(IOC)会長のことであり、ベイビーとはBABY(赤ちゃん)のこと。彼の力によってオリンピックスポーツ(五輪競技)に生まれ変わることができたスポーツのことをオリンピック関係者は秘かにそう呼ぶ。代表的なのはトライアスロンで、2000年開催のシドニー五輪から五輪競技となり、今や押すに押されぬオリンピックスポーツである。サマランチ会長と言えば、オリンピックを商業化した人物として知られているが、五輪の「ために」なるスポーツを見分ける才能に長けていた。その競技がどれだけ魅力的で人々を引き付け、そしてメディアの関心を得られるかという視点を五輪運動に初めて与えた人物とも言える。その意味で、ベースボールすなわち野球もサマランチベイビーであると言える。

 彼がIOC会長に就任した1980年当時、欧州で野球を知るものは少なかった。日本スポーツ界は「野球にあらずばスポーツにあらず」というほどの野球至上主義の時代である。この日本と世界のギャップはかなり大きかった。1982年、サマランチがIOC会長就任後、初来日した際、日本体育協会職員四年目の私はアテンドの任に就いた。IOC会長接遇の一夜、日本オリンピック委員会(JOC)専務理事(当時は総務主事と呼んだ)岡野俊一郎の自宅での晩餐があった。岡野夫人の手作り料理を囲むごくアットホームな食事会であった。夕食後、リビングにくつろぎながらの語らい、テレビにはプロ野球ナイター中継が映っていた。サマランチは鋭い眼光をその試合に当てた。岡野は気を遣って、「先般来日したドイツのサッカーチームが野球中継をTVで見ていて、どうしていつも同じ方向(一塁)に走るのだ。フェイントをかけて左(三塁)に走ればいいのにと言っていた」というエピソードを披露した。しかし、サマランチは平然と「それはルールだから」と答えた。まだIOCの誰も野球になど関心のなかった時に彼は既に日本の国民的なスポーツを理解しようとしていたのである。

 野球が五輪にデビューしたのは、1904年の第三回大会(セントルイス)と言われているが、デモンストレーション(公開)競技としてであった。以降、何度か公開競技とし実施されるが、初めて正式種目になったのは1992年バルセロナ五輪である。サマランチ会長が自分の故郷で開催した第25回大会である。五輪競技になるには様々なハードルをクリアしなければならないが、その最も重要なファクターとは、実は、五輪が全てのスポーツの至高の存在でありうるかどうか?という点で、ここにサマランチは一番こだわっていた。同じバルセロナ五輪のバスケットボールに米国が初めてドリームチーム(NBLの選手たちで構成)を派遣したことは記憶に新しい。MLBの選手が出ない野球をサマランチが認めた背景には、日本野球への彼一流の特別な理解があった。

 2002年からのロゲIOC会長新体制が野球を五輪競技から外す決断をしていくのも、当然といえば当然である。MLBは依然、五輪にトップアスリートの派遣を推奨していないし、野球の国際連盟(IF)は普及活動にも力を出し切れていなかった。サマランチという後ろ盾を失ったベビーは孤児となったのである。

 その野球が2020年東京五輪の追加種目として、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(OCOG)からIOCに付議された。追加種目というコンセプトは、2013年9月のIOC総会(ブエノスアイレス)において、新会長となったトマス・バッハの提唱する五輪改革案「アジェンダ2020」の提言の一つである。その総会で第32回オリンピック競技大会開催都市として東京が選ばれた。

 五輪実施競技について、競技数から種目数による制限に変え、種目数と選手数と役員数の範囲内で、開催都市に追加種目の実施を認めるというものである。そもそも「アジェンダ2020」の主目的は何かと言えば、五輪運動の維持継続である。そのためには開催したい都市が永続的に出現する必要がある。開催経費の捻出の基盤となるその都市が実施したい種目を五輪「競技」の枠を取っ払っても選べますよ!という開催運営に心を砕いた規定である。

 「競技」と「種目」と言っても分かりにくいので、簡単に説明すると、競技はsportの訳、種目はeventに相当する。水泳で言えば、競技は水泳、種目は100メートル自由形となる。

 これまでは五輪競技(Olympic Sports)から実施競技を選んでいたから、五輪競技に選ばれないとどうしようもなかった。しかし、実施基準が競技から種目となったことで、Sportとしては認められていなくともEventとして提案し、実施できるというわけである。

 東京五輪組織委員会が五輪競技から除外された野球を開催都市の権利として提案することは我々日本人からすれば至極当然のことのように思える。しかし、先述のとおり、野球は生粋のサマランチベイビーであり、彼の庇護なくしては存立しえないほどのはかない存在であるという真実を想起する必要がある。