服部孝章(立教大名誉教授)

 10年ほど前、自由民主党政権下で次のような検討が進んでいた。「通信・放送の在り方に関する懇談会」、これは当時の竹中平蔵総務大臣が設けた私的懇談会で、巨大メディア育成を目指すなかでNHK改革問題も検討対象とした。この懇談会の座長を務めることになった松原聡東洋大教授は、「特殊法人のNHKは政策遂行のため政府が作ったもので、『政府からも中立』というのは自己矛盾」と述べていることが同懇談会の初会合の前日(2006年1月19日)、愛媛新聞朝刊などに掲載された。この記事は共同通信の配信によるものだが、多くの加盟新聞は掲載を見送ったようだ。

「通信・放送の在り方に関する懇談会」終了後に会見する竹中平蔵総務相(左)と松原聡座長=2006年6月1日、総務省内
 ともかく、NHKに対してこうした視座をもつ人がNHKの将来像を検討することになった。「みなさまのNHK」ではなく「(NHKは)政策遂行のため政府が作ったもの」との座長の視点に、当の総務大臣をはじめ政府与党からの批判や訂正を求める声はなかった。これは現在の籾井会長が記者会見や国会の委員会での参考人質疑で何度も繰り返した「暴言」に対して、政権与党から問題とする声がないのと同じだ。

 2006年度から3か年のNHKの経営計画には「信頼されるNHKをめざして」の項で、「いかなる場合でも放送の自主自律を貫きます」と記されていたのは全くもって当然だが、「ETV2001」をめぐって、国会議員に放送されていない番組内容を事前に説明することを「通常業務」した姿勢との齟齬は明らかであった。

 受信料の未契約について、竹中総務大臣は受信料公平負担の観点から、NHKに未契約世帯の解消、受信契約締結および受信料収納の徹底について抜本的検討を要請し、NHKにおける検討結果を踏まえ、「必要な場合には、政府においても所要の検討を行うことにする」との見解が示されたものの、このような見解は毎年繰り返されてきている。

 放送の全面デジタル化を目前に控えた2010年には放送法、有線ラジオ放送業務の運用の規制に関する法律、有線テレビジョン放送法、電気通信役務利用放送法とそれまで放送を規律してきた関連4法を放送法に一本化する改正が行われた。もちろん、この改正で受信料義務化が法的に明確になったとはいえず、ことし9月24日に自由民主党の情報通信戦略調査会・放送法の改正に関する小委員会が、「NHK受信料支払い義務化については、総務省として具体的な制度設計を行うとともに、強制徴収や罰則、マイナンバーの活用など、支払い率の向上に資する制度・仕組みについても併せて検討すること」と総務省とNHKに提示し、国会に所要の法制化を要請した。

 また10月2日、高市早苗総務大臣は閣議後の記者会見で、放送の課題を検討する有識者会議を近く立ち上げ、来年6月にも検討結果をまとめる考えを明らかにしたが、検討期間がやはり短い。NHK受信料の根本的な意味づけやNHKの将来像、さらにはこの国における放送通信の未来をどのように展望するのかといった視点を欠いたまま、これまで同様に部分的修繕に明け暮れるのだろうか。

 1963年、臨時放送関係法制調査会(郵政省令により設置)が数年にわたり調査検討した結果を郵政大臣に答申した際、「受信料とは、協会の業務を行うための一種の国民的な負担であって法律により国が協会に徴収権を認めたものである。国が一般的な支出にあてるために徴収する租税ではなく、国が徴収するいわゆる目的税でもない。国家機関でない独特の法人として認められた協会に徴収権が認められたところの、その維持運営のための『受信料』という名の特殊な負担金と解すべきである」との解釈がこれまで受け入れられてきている。

 かつて消費税導入をめぐって、受信料を消費税の対象とするかどうかを審議していた国会の逓信委員会(現在の総務委員会)で当時の中山正暉郵政大臣が、受信料は神社のお賽銭のようなもので、お賽銭に消費税が付加されないように、受信料にもかけるべきではないが、3%という広く浅くかける消費税ということで理解いただきたいと答弁したことがあった。

 特殊な負担金とお賽銭、受信料は視聴者の多くがその法的性格を理解しているとは言えないし、国会においてもお賽銭論議が飛び出すありさまを考えると、立法府においてもその法的性格を明確なものにする努力を忌避してきている。

 支払い義務化を法的に決定する前に、行政も立法府もそして当のNHKも根本的にNHKの在り方・その将来像を検討すべきではないのか。検討を怠ったまま、受信料義務化を決めるならばこの国の将来の放送は視聴者ではなく消費者に向けられたままで、放送文化の享受者であるべき市民は議論の枠外に放置され軽視されたままになる。

 そうした事態を避けるために、先例を参考にすべきだ。先の東京オリンピックを前に、放送の在り方・将来像を検討した臨時放送関係法制調査会のように、時間とコスト、そして人的資源を費やす場所・組織を設置すべきだろう。今後設置される組織は総務大臣の有識者懇談会のようなものであってはならない。

 つまりはこのデジタル化状況のなかで情報デモクラシーをいっそう強固なものにすべく、結論を急ぐことなく、行政が想定している枠組みに拘束されることなく、民主的で十分に開かれた議論がなされ、そして多数の関係者からの意見聴取が実施され、そのうえであるべき放送通信像を社会に提示すべきだろう。確かに先の臨放調と呼ばれることの多い調査会がまとめた答申の多くは法制度の改正には至らず、審議未了廃案になったが、そこで明らかになった意見はこれからの制度検討のための民主的な第一級の資料となっていることを忘れてはならない。