辻井重男(中央大学研究開発機構教授)

 いよいよ、マイナンバーが自治体などに導入されることとなった。私等は、中央大学研究開発機構で、マイナンバーの有効活用とプライバシーの保護という矛盾する要請を可能な限り両立させるべく、組織暗号の研究を、 NICT(情報通信研究機構)からの委託研究として進めている。マイナンバーがNHK受信料の支払い義務化にどんな関係があるのか、順を追って説明しよう。

 私は、NHK受信料支払いの緩やかな義務化に賛成である。受信料の義務化と言っても、罰則規定などを設けて、国民に強制的な印象を与えるのは好ましくないが、現在のように、契約者の内、約4分の1の人が払っていないというのも不公平ではないだろうか。また、受信媒体が、テレビ受像機に限らず、パソコン・スマホなど多様化している現状を考慮すると受像機を購入した人だけに、契約義務があるというのもおかしな話である。

 先ず、多くの民間放送がある中で、また最近急速に普及し始めたSNS等、誰もが自由に情報発信・交流できる情報環境の中でのNHKの存在意義について、

・番組作成経費と受信料
・日本の文化力向上
・国際放送の充実
・放送技術の研究開発
・高い視座からの評価体制

の面から考えてみよう。

番組作成経費と受信料

マイナンバー制度が始動し、個人番号の通知開始を広報
するため配布されたチラシ=10月5日午後、横浜市のJR
関内駅前
 情報通信技術の関係者から、「我々は、このようなレベルの低い番組を見るために、営々と研究を進めてきたのか」という嘆きを時折聞かされる。私自身も、今から半世紀ほど前、ある企業に勤務していた頃、テレビ画像のデジタル化の開発を世界に先駆けて進めた経験から、同じ感慨に捉われることも少なくない。しかし、良質な番組を作るには経費がかかることを考えると、それも仕方がないのかなと思ったりもする。

 夜中に目覚めて、民間のBS放送を見ると、多くの時間が、美容・健康のための食品・器具などの広告に割かれている。民間放送は、無料で見られるのに対して、NHKは受信料を取られると考えている人も多いが、民間放送の総計2兆円を超える売り上げの多くは、広告費で賄われ、商品の値段がそれだけ高くなっていること、つまり、等価的には視聴料を払っている(平等にではないが)とも言えるわけである。

 NHKの受信料は安いに越したことはないが、良質な番組には、それなりの対価が必要である。その際、学生や低所得者に対する配慮が必要なことは言うまでもない。プライバシーに配慮したマイナンバーの活用によって、所得・資産に応じた受信料をNHKの放送を視聴する、しないに関わらず負担することが望ましい。それは、何故か。以下、日本の文化力向上、国際放送の充実、放送技術の研究開発の3点から考えてみたい。

1)日本の文化力向上
 民間放送が、視聴率第一主義になり勝ちなのは広告収入を考えると止むを得ない。また、SNSでやり取りされる情報は玉石混交である。これらに対して、視聴率を余り気にせずに良質な番組を提供して、国民の知的レベル向上に資する公共放送が安定的に続くことが期待される。私はNHKの大河ドラマを数十年見続けているが、最近は視聴率を気にし過ぎているように思われ、不満が残る。今年の大河ドラマではないが、昔未熟なタレントを主役にしたりして興ざめすることもあった。また、多くの視聴者に1年間見続けてもらうためには娯楽性は必要だが、史実を曲げてまで面白くするのは如何なものか。

 最近、歴史認識が重要な国民的課題となっているが、これに関して驚いたことがある。それは日清戦争に対する日本と中韓の歴史学者の評価の大きな違いである。中国、韓国の歴史学者が日清戦争を近代戦争の中で最も重要視しているのに対し、日本の歴史学者はそれ程重要視していないとのことである。客観的に歴史を研究する立場にある歴史学者にしてそうであれば、感情的に成りがちな諸国民の間で歩みよることは難しい。幕末から明治のかけての歴史はドラマ作りに当っても、視聴者が長期的・客観的な世界史的視野の中での見方を養えるような工夫を期待したい。

 「そのような面倒なことは誰か考えてよ、自分は娯楽・スポーツ番組だけ視ていたい。その代わりNHKを見ないのだから、受信料は払わない」など了見の狭いことは言わず、「受信料は払って間接的に貢献するよ」という寛容な精神に基づくシステムが良いのではないだろうか。

 「NHKは、娯楽番組など放送しなくても良い」という考えもあるが、娯楽番組も年齢層などに応じて様々だから、民放を補完する放送も必要だろうし、国民全体に親しみを持ってもらう意味でも娯楽番組は必要だろう。