中山恭子(参議院議員 次世代の党代表)

 膝においた一冊の本にじっと目を落とす少女・・・目に焼きついて忘れられない姿です。

 2002年10月15日、拉致被害者5人を迎えに行った平壌空港でのこと。横田めぐみさんの娘、キム・ヘギョンさんが私たちの前に姿を現しました。

 キム・ヘギョンさんの存在が伝えられた直後から、日本政府は、キム・ヘギョンさんを日本に連れ戻すための交渉をしていましたが、北朝鮮側は「学校があるので」という理由で受け入れないままその日を迎えていました。

 ドアが開いて、姿を見せたキム・ヘギョンさんは、一瞬めぐみさんが現れたかと思うくらい、写真で見ていた13歳のめぐみさんそっくり。穏やかで利発そうなお嬢さんでした。

中山恭子・内閣官房参与(右)から、めぐみさんとヘギョンさんの親子関係立証の為の、DNA鑑定結果を受け取る横田滋さんと早紀江さん=2002年10月24日、内閣府(代表撮影)
 その部屋にいた皆が、被害者5人も、言葉を止めました。私は、万が一にもと思い、横田早紀江さんの著書「めぐみ、お母さんがきっと助けてあげる」を手提げの中に入れていました。当時、キム・ヘギョンさんは15歳、気持ちが混乱しているなか、この本を出すのは酷かなと思いましたが、めぐみさんのことは知ってもらわなければ、と心を強くして手渡しました。キム・ヘギョンさんは本を手にして、自分とそっくりな少女の写真が載っている本の表紙をじっと見つめていました。

 蓮池さん、地村さんご夫妻がキム・ヘギョンさんを抱きしめ、曽我ひとみさんは長い間キム・ヘギョンさんを抱いたまま、二人は涙にくれていました。

 その後、キム・ヘギョンさんは壁際の椅子に座り、その時も膝に置いた本を見つめ続けていました。そのまま連れて帰りたいと思いましたが、思うようにいきませんでした。思い出すたびに、拉致の酷さ、理不尽さに悲しみや憤りが込み上げてきます。

 北朝鮮側は日本のテレビ局を使って、キム・ヘギョンさんに「おじい様おばあ様お会いしたいです。平壌に来て下さい。」と言わせ、めぐみさんの死亡を認めさせようとしました。横田さんご夫妻は、13歳で突然拉致されためぐみさんと15歳のキム・ヘギョンさんの姿を重ね合わせ、「すぐにでも孫に会いたい」と飛んでいきそうでしたが、はやる気持ちを抑え、冷静に「めぐみさんを助けることを優先する」と決断しました。

 北朝鮮は今もなおキム・ヘギョンさんを使って拉致被害者が全て死亡したと納得させ、拉致問題を終局させようとしています。

 このテレビ局のインタビューに答えるキム・ヘギョンさんの姿は、平壌で会った時と全く違っていて、徹底して教え込まれたことを話さなければならない少女の姿でした。

 拉致という国家犯罪に翻弄される少女、そして家族。

 一日も早く救出しなければなりません。めぐみさんとキム・ヘギョンさん、二人揃ってタラップを降りる姿を見たいとの思いで真剣に取り組みましたが、今なお果たせていないのは実に残念であり、申し訳ないことです。