雨宮処凛


 「単に金銭的な意味での『一億総中流』を私は志向しません。そうではなくて、若者もお年寄りも、女性も男性も、難病を抱えた人も障害がある人も、一度失敗した人も、みんなが活躍できる社会を作るために、それを阻むあらゆる制約を取り払いたい。そうした思いから生まれたのが『一億総活躍』なのです」

 文藝春秋2015年12月号に、安倍晋三氏が執筆した「『一億総活躍』わが真意」から引用した一文だ。

 この原稿には、「新・三本の矢」の説明もある。「希望を生み出す強い経済」「夢をつむぐ子育て支援」「安心につながる社会保障」―――。「何か言ってるようで何も言っていない言葉選手権」があれば、間違いなく優勝できるレベルではないだろうか。

 同原稿で、安倍首相は自身の「失敗」にも触れている。

 「私自身が一度失敗した人間だからこそ強く主張したいのが、失敗しても再チャレンジできる社会の構築です」

 06~07年の第一次安倍政権時、突然総理の座を投げ出したことに触れているわけだが、祖父が総理大臣という政治家一家に生まれ育ち、生まれてこのかた「お金の心配」「失業の心配」「生活の心配」などとは無縁だった安倍首相の「失敗談」に共感するほど、庶民の暮らしは甘くない。

 第一次安倍政権時、社会問題として大いに注目を集めたのは若者の貧困化や不安定化、非正規化だった。当時、安倍首相は「若者の再チャレンジ」という言葉を強調したが、その言葉を繰り返すだけで根本的な対策は何もしなかった。それどころか、この夏の国会では貧困化、不安定化、非正規化を更に押し進める労働者派遣法の改悪を断行。当時30代だった層はもう40代に差しかかり、更なる苦境に経たされている。自分だけが再チャンレジに成功しているのである。