高橋史朗(明星大学教授)


米マグロウヒル社への「訂正勧告」



 三月五日、自民党本部で開催された外交・経済連携本部・国際情報検討委員会合同会議で、米世界史教科書(マグロウヒル社)の慰安婦・南京記述の具体的問題点と米歴史学者一九人の声明の背景と問題点について講演した。その後、八日から渡米し、ニューヨーク、ロサンゼルスでも、同趣旨の講演をさせていただき、ニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコの総領事、首席領事らにも資料をお渡しして説明した。

 米歴史学者一九人の声明の背景と問題点については、『産経新聞』三月七日付「解答乱麻」の拙稿「偽情報に基づく米歴史学者声明」に加え、朝日新聞「慰安婦報道」に対する独立検証委員会報告書における第三部「朝日新聞の慰安婦報道が対外的にもたらした影響」の「『九十二年一月強制連行プロパガンダ』の北米での実害」を参照(日本政策研究センターのHP:http://www.seisaku-center.net/)してほしい

 マグロウヒル社の世界史教科書の慰安婦記述の問題点については、三月十七日に秦郁彦氏が外国人記者クラブで発表し、筆者を含む日本の大学教授一九人が同社に「訂正勧告」を行なった。同教科書が歴史的事実を捏造したのは、以下の八点である。

 「(日本軍は慰安婦を)強制的に募集し、徴集した」と書かれているが、一九人の米歴史学者の声明で、連帯する日本の歴史家たちの中でただ一人実名で言及されている吉見義明は、著書の中で、慰安婦の内の「最多は(コリアンブローカーに)だまされて(deceived)」慰安婦になった、と記している(Yoshimi Yoshiaki,Comfort Women,Columbia University Press,2000,p103)。吉見は日本のテレビの討論番組でも、「朝鮮半島における強制連行の証拠はない」と述べている。朝鮮半島における慰安婦の調達では、当事者の多くは朝鮮人が占めており、関係者の相互関係の全体像は、次の模式図で表される。

 「最大で二〇万人にも及ぶ女性」という数字は過大すぎる。秦郁彦は約二万人と推計、吉見義明は「最低でも五万人前後」(『歴史学研究』八四五号、二〇〇八年、p4)と記述している。

 「一四歳から二〇歳」と書かれているが、一九四五年フィリピンで米軍の捕虜になった慰安婦二〇人(日本人一一、朝鮮人六、台湾人三)の調査カードによると、うち九人が二〇歳以上である(USNationalArchives,RG389-PMG)。Twentyはtwentiesと修正すべきである。

 「(慰安婦は)天皇からの贈り物」と書かれているが、教科書としては、国家元首に対する、あまりに非礼な表現である。
旧日本軍が慰安婦を強制連行したとする記述があることが判明した、米大手教育出版社「マグロウヒル」が出版し米国の公立高校で使用されている教科書
旧日本軍が慰安婦を強制連行したとする記述があることが判明した、米大手教育出版社「マグロウヒル」が出版し米国の公立高校で使用されている教科書
 「朝鮮と中国の出身者が大多数」と書かれているが、秦の推計では、全慰安婦数は約二万人で、その内最も多数を占めるのは日本人の約八〇〇〇人、朝鮮人はその半数の約四〇〇〇人、中国人その他は約八〇〇〇人であった。

 「一日あたり、二〇人から三〇人の男性を相手にした」と書かれているが、「二〇万人の慰安婦」が「一日あたり、二〇人から三〇人の男性を相手にした」というのは、極めて誇大な数字であり、自己矛盾の関係にある。すなわち、日本軍は毎日四〇〇万回~六〇〇万回の性的奉仕を調達したことになる。他方、一九四三年の日本陸軍の外征(overseas)兵力は約一〇〇万人であった。教科書に従えば、彼らは全員が「毎日、四回~六回」慰安所に通ったことになる。戦闘する暇も、まともに生活する暇さえもなくなる。

 「(慰安婦は)兵士と同様の危険」と書かれているが、慰安婦と看護婦は戦闘地域ではない後方の安全な場所で勤務していた。前線で兵を慰安婦の護衛に割く余裕はなかった。

 「多数の慰安婦を虐殺した」と書かれているが、根拠にした史料は一体何なのか。もしそういうことがあれば、東京裁判や各地のBC級軍事裁判で裁かれているはずであるが、そういう記録はない。何人を、いつ、どこで殺害したか、証拠がなければ教科書に書くことは適切でない。秦は、慰安婦の死亡率を日赤看護婦(二六二九五人)の死亡率四・二%とほぼ同じと推定した。(秦『慰安婦と戦場の性』p406)

 米歴史学者一九人の声明の中心人物はコネチカット大学のアレクシス・ダッデン教授で、二〇〇五年に『日本の朝鮮植民地化 対話と力』を出版している。これに対し、ハワイ大学マノア校のジョージ・アキタ名誉教授は、彼女の「研究論文の随所に見られるのは、どうにも学者らしからぬ、意味不詳かつ一方的な記述の羅列と、ときに史実の立証が不可能な出来事に基づく、単純にして怪しげな結論なのである」「学問の核心部分に対処するにあたって暴露した杜撰さ」「あまりにも学者らしからぬ推測であり、もはや開いた口がふさがらない」「歴史学者としてあまりにもマナーに欠けたやり方」「根拠となる情報源は記されておらず……おとり商法的記述の好例であり、学者として決して許される行為ではない」と酷評し、「『従軍慰安婦』は〝性的奴隷〟だったという不適切な主張を展開している。これは厳密に検証されるべき複雑な問題だから、こうした非難を放っておくわけにはいかない」と指摘している(ジョージ・アキタ、ブランドン・パーマー『「日本の朝鮮統治」を検証する 1910-1945』草思社、参照)。

 また、マグロウヒル社の世界史教科書の編著者で、慰安婦記述を担当したとされるハーバート・ジーグラー准教授の専門はドイツ史であり、一月二十四日に放映されたチャイナ・セントラル・テレビ(CCTV)のインタビューにおいて、やりとりをしたホノルルの領事館員の名前とメールアドレスとメールの内容が無断で公開されており、次のように安倍首相を激しく非難している。
「この事件が発生した重要な原因は安倍晋三の首相就任にある。しかし、日本が米国の教科書を修正しようとするやり方は逆効果である。安倍晋三が首相に就任してから日本の歴史を修正しようとしている。これが唯一考えられる原因である。これは安倍政府の恥さらしになる。彼がめちゃくちゃに思われる。安倍首相は右翼、民族主義、修正主義者だ」

 日本の領事館や産経新聞社の取材には応じず、中国系テレビなど好意的なメディアでは言いたい放題で、個人および公のセキュリティーに関わる情報をテレビで公開するなど決して許されることではない。