佐瀬昌盛(防衛大学校名誉教授)


 1989年12月、米ソ首脳がマルタ沖で冷戦の終結を告げたとき、世界は歓呼に包まれました。ただ、ごく一部の識者は、やがて誰もが冷戦の日々を懐かしむことになるだろうと、意味ありげな言葉を残しています。今日、この予言は正しかったと認める人は決して少ないとはいえないでしょう。

NATO加盟国の低い防衛予算


 私は同意しませんが、いまや第二次冷戦の時代だとの声も聞こえます。昨年にプーチン露大統領がウクライナ領クリミアを武力併合して再冷戦のホイッスルが鳴ったというのです。キエフは大混乱に陥りました。同国はかねがね北大西洋条約機構(NATO)への加盟を望んでいたのに、この世界最大、最強-だったはず-の軍事同盟が適切な対応をとらず、必要な行動も示さなかったのです。

 NATOの自己満足がその理由の一つでしょう。もうドンパチをやっている時代ではない、というわけです。換言すると現状満足でどこが悪い、というのでしょうか。

 このメンタリティーを遺憾なく示してくれるのが加盟各国の軍事支出問題です。過般のNATO首脳会議(2014年、英ウェールズ)で国家元首、首相は国内総生産(GDP)の2%を防衛予算として計上すると再決議しました。が、驚くなかれ、その方針は02年に「紳士協定」としてすでに周知の代物でした。

 13年たってもこの目標は、ほとんどの加盟国で未達成です。英国の国際戦略研究所(IISS)の発表では2%ラインを越えたのは米、英のほかバルト海沿岸の小国エストニアと、エーゲ海に面するギリシャだけという惨状です。国連安保理の常任理事国たるフランスは1・9%にすぎず、欧州側加盟国平均は1・45%という低率。

 問題は経済大国ドイツが1・2%しか計上していないという事実です。西ドイツ時代にこの国は実にGDP比3・3%(1984年調べ)を防衛のために支出したというのに。ある意味ではそれも無理からぬところがあります。

 西ドイツは東西対立の最前線国でしたが、今日のドイツは四囲を同盟国に囲まれ鼓腹撃壌状態ですから。典型的な現状満足国です。

頭の痛いオバマ政権の混迷


 私は1987年に南ドイツの研究組織「学術・政治財団」で客員教授を務めましたが、最近、そこの若くて優秀な研究者が論文を発表しました。題名にいわく。「2%というNATOの幻想」!!。言うも言ったりではありませんか。米国主導型の2%計上必要論は激しくけなされているのです。

 が、NATO北東部のエストニア、ラトビア、リトアニアとポーランドはいずれもロシアと国境を接しているため、プーチン流拡張主義に神経過敏状態です。言うまでもなく、その対ウクライナ軍事行動から教訓を引き出したもようです。NATOはこれに反応し、右の4国への空軍能力の提供に躍起ですが、財政不如意で思うほどの行動がとれません。

 けれども、NATOにはもう一つ頭痛の種があるようです。オバマ米政権の混迷がそれでしょう。

 そもそもオバマ大統領は就任時に自国が対外的に当面していた2種の難題、つまりイラク紛争とアフガニスタン問題を前に、泥沼のバグダッドから足を抜き、ウサマ・ビンラーディンを匿(かくま)うタリバン勢力をたたく旨を公言していました。国際テロ集団の頭目を殺害したところまでは順調でしたが、公約した今年末までのアフガン撤退は絶望的となったようです。

日米同盟の運営強化を


 そのうえ、イスラム国(IS)問題があります。この正体の知れない過激派集団に対するオバマ政権の制圧策はこれまでのところ後手後手に回り、到底、成果を挙げるには至っていません。その間隙(かんげき)を縫い、プーチン政権がシリアの独裁者アサド大統領と意を通じ、漁夫の利をむさぼるのに余念がありません。オバマ大統領は就任時に「核兵器全廃」を呼号したのですが、いまや当時の理想主義者の面影いずこ状態です。

 悪いことに、米国では次期大統領の話題で持ちきりの昨今で、ヒラリー・クリントン氏やジェブ・ブッシュ氏だとかがテレビの視聴率獲得合戦に余念のない毎日です。裏を返すと、現職大統領はすでにレームダック化したというのでしょうか。困ったものです。

 オバマ政権の指導力衰退は、NATO本部もひしひしと感じていると思われます。その初代事務総長の任にあったイスメイ卿は同盟の目的を「アメリカを引き込み、ロシアを締め出し、ドイツを押さえ込む」と説明したのですが、ドイツはわがままを言い、ロシアは外で悪態をつき、アメリカは中にいながらオタオタしているのが現状らしいのです。

 NATOは加盟国28の超大型軍事同盟です。日米安保体制は2国間のつながりにすぎませんが、現状では後者の絆の方がよほどしっかりしています。われわれは米欧間同盟の混乱を他山の石とし、オバマ以後の時代も見据えて同盟の運営に励むべきでしょう。(させ まさもり)