塩田潮(ノンフィクション作家)

 今年1月に民主党代表に就任した岡田克也元外相と2013年秋に立ち話する機会があり、「民主党の将来は」と尋ねたら、「3年後にもう一度、政権を」という力強い言葉が返ってきた。それなら改めて取材を、とお願いしたところ、岡田氏はインタビューで「民主党の将来は心配していない」「野党の協力は必要だが、『一つの党に』とはならない」「改革政党の原点に戻って政策を練り直す」「自民党政権に代わり得る選択肢を用意」「泥を被ってでもやる覚悟が必要」と語った。

 1年後の14年暮れ、安倍晋三首相が解散・総選挙を敢行した。民主党は12年総選挙に続いて大敗し、「1強多弱」の継続を許してしまう。その直後、岡田党首が実現した。

 12年暮れの野党転落以後、民主党の凋落と衰弱は誰の目にも明らかだが、岡田代表は表面上は急ぐ気配はない。党の団結と結束の維持、安倍自民党に代わる政策パッケージと民主党再生プランの用意など、党の足腰強化こそ重要と見て、地固め最重視の方針を取っているのかもしれない。だが、長期低迷中という状況は変わっていない。安保法案での安倍首相暴走という「敵失」で、追い風を背に受けたかに見えたが、安保国会終了後の今年10月7~8日の共同通信の世論調査では、民主党の支持率は10.4%にすぎず、自民党(36.8%)の3分の1に満たない。

岡田克也氏、細野豪志氏、長妻昭氏
 岡田代表が「3年後」と口にした2016年はとても無理だが、安倍首相の自民党総裁任期と衆議院議員の任期が満了となる「決戦の18年」までに、民主党は自公政権追撃態勢に持ち込めるかどうか。その前に16年夏の参院選で「与野党逆転」を実現して「衆参ねじれ」に追い込むことができれば、政治の景色が一変し、追撃が現実味を帯びる。

 参議院の過半数は122議席だが、現在、与党の自公両党の合計は135で、そのうち59が16年参院選で改選になる(非改選は76)。そこで自公両党の当選者数を14減の45以下に押さえ込めば、計算上は与党過半数割れが起こる。岡田民主党の最初の関門は「自公14減」を実現できるかどうかだ。

 16年参院選で「衆参ねじれ」、決戦の18年で「1強打破」「与野党伯仲」をつくり出すには何が必要か。2000年以後の2つの事例が手本となる。第1は09年の政権獲得までの民主党の挑戦、第2は09年から12年まで野党を体験した自民党の3年3ヵ月だ。

 見逃してはならないのは、09年までの民主党も野党時代の自民党も、「政権交代可能な2大政治勢力による政党政治と政権選択選挙を志向する民意」を頼りに、政権獲得を目指したという点である。「1強多弱」の今も、民意は変わらず政権交代システムと政権選択選挙を希望していると見て間違いない。であれば、現行の選挙制度の下では、「ねじれ」も「一発逆転」も不可能とはいえない。

 その民意を視野に、09年の政権獲得までの民主党は、政権交代実現と政権選択選挙に対する国民の期待感の醸成に努め、右往左往や紆余曲折を経て、その期待感を政権獲得に繋げることに成功した。この教訓を生かさなければならない。現在、民主党に対する国民の期待感は完全消滅の状態だが、どうすれば再び国民の期待感を背に受けることができるのか、真剣に考える必要がある。

 期待感再醸成の条件は、自公体制との明確な対立軸、自公に取って代わることができる統治能力、それに国民から熱い眼差しを浴びる「型破りの有能な指導者」の3点だろう。だが、残念ながら、現在の民主党の路線と政策、政権担当能力(特に経済政策運営力)、リーダーたちの顔触れでは不合格だ。

 一方、3年3ヵ月の野党の自民党は、党再生と自己改革については見るべきものはなかったが、民主党の自滅に助けられ、他力本願で再浮上した。その野党体験から学ぶことができるのは、落ち目にもかかわらず、なんとか持ち堪えた耐久力と党の統一と結束、与党の自滅を誘う攻撃力と仕掛け、それに加えて政権復帰を渇望する飽くなき権力欲だろう。

 ここへきて、維新の党の空中分解が現実となったが、最大の原因は、大阪都構想阻止の急先鋒だった民主党との連携に走る党内野党再編派との対立である。民主党側には「維新はいずれ分裂必至。そのときは大阪組以外を吸収すればいい」という声が根強かった。

 だが、「維新分裂を待つ民主党」に民意は冷たかった。民主党が政権交代を視野に自公政権を追い詰めるつもりなら、大阪組も含めて維新をまるごと野党側に引き寄せる作戦に立つべきである。連合傘下の労働組合など、都構想阻止の民主党支持層を説き伏せて、民主党全体が都構想支持に回るという選択肢もあったはずだ。大きな民意と結託して大局に立った決断を下せる「型破りの指導者」と、党全体が「政権再奪取を渇望する健全な権力欲」を備えることが民主党再浮上の出発点となるだろう。頑張れ民主党!