古谷経衡(著述家)


益なき不毛な戦場=ツイッター

 ツイッターは補給のない戦場に似ている。つまり、あらかじめ持てる弾薬と食料の量はそれ以上増えず、ひたすら手持ちのコマを消耗していく戦いに似ている。

 私が何を言いたいかというと、ツイッターでは損をすることはあれ、得をすることはめったにない、ということだ。ツイッターは加点法ではなくひたすら減点法の評価空間だ。

 ツイッターが勃興し始めた時、感受性の高い少なくない人々は、ツイート(呟き)によって日本の政治や社会が変わると信じていた。ところがツイッターが普及し、蓋を開けてみると、ツイッターがもたらしたのは政治や社会の(良い意味での)変革ではなく、ひたすら揚げ足取りと罵詈雑言と誹謗中傷の、どす黒い空間だった。「アラブの春」に代表される、「ツイッターを利用した(良い意味での)民主化や政治変革」は日本には全く当てはまらなかった。なぜならそれは簡単な理由で、日本は、リビアやチュニジアのような権威主義的な閉鎖国家ではないからだ。

 それでも当初は、ツイッターでの軽快なつぶやきを売りにした「ツイッター有名人」なるものが続々と輩出されていたが、そのようなプラスの側面は物珍しさも手伝った、ごく初期の現象であった。どだい、140文字の範囲内での呟きに真理などはなく「上手いこと言った」で終わる、酒席における日本版アネクドートの一種だと、だんだんとユーザーが気づいてきたのだろう。

 このような殺伐としたツイッター空間に耐えられなくなったのか、近年では急速にツイッターの趨勢が「しぼんで」いるように感じる。より攻撃性の薄いFB(Facebook)や、もっといえば、更に閉鎖的なインスタグラムに、特に若いユーザーが逃避していると言われている。私はインスタグラムは使っていないが、「死ね」「クズ」という言葉と、通報と誹謗が飛び交うツイッター空間に嫌気が差した人が増えていることは間違いない。米ツイッター社がツイート総数の記録を非表示にしたことも関与して、今後、殺伐とした減点評価のツイッターは、かつてのMIXIなどのSNSと同様、衰退していくのかもしれない。 近年ではツイッターは炎上と自爆の主戦線を形成している。たった数文字のつぶやき「(例)あべしね」や「アカウントが第三者に乗っ取られた」という言い訳で展開される罵詈雑言と誹謗中傷への強烈な反応は、多くの著名人や文化人を「火達磨」にしてきた。時にその火達磨は、発信者の社会的地位の失墜を決定づけるに充分な場合もある。或いは、名も知れぬ素人やティーンの「犯罪自慢」の場所としてそれが官憲に通報され、官憲もそれを無視することが出来ず逮捕事例が相次いでいる。