潮匡人(評論家)

朝日の虚報は今日も続く


 先日『護憲派メディアの何が気持ち悪いのか』(PHP新書)を上梓した。おかげさまで売れ行きは好調。発売早々、異例の大増刷となった。一般読者のあいだで護憲派メディアへの疑問や反発が高まっている証左でもあろう。拙著の主題は平和安全法制。いわゆる安保法案である。院内での乱闘騒ぎの末、9月19日に可決成立。同月末に公布された。今後、半年以内に施行される。

 この法案をめぐり昨年来、護憲派マスコミが誤報や世論誘導を続けてきた。たとえば『朝日新聞』は朝刊1面のトップ記事でこう書いた。

「自衛隊員は自らや近くの人を守るためにしか武器を使えなかったが、法改正で任務を妨害する勢力の排除や住民の安全確保にも使用が可能になった」(9月24日付)

 これでは「法改正」(平和安全法制整備)の意味が伝わらない。訂正しておこう。あえて記事を活かせばこうなる。

 「自衛官は自己を守るためにしか武器を使えなかったが、法改正で近くの他人を守るためにも使用が可能になった(以下略)」

 護憲派が信奉する新聞の1面トップにしてこの始末。9月22日付朝刊記事「安保法 自衛官OBの懸念」でも冒頭こう書いた。

 「成立した安全保障関連法により、日本は集団的自衛権の行使が可能となるほか、海外に自衛隊を派遣して常時、他国軍を後方支援できるようになる。自衛官OBの中には、米国の戦争に巻き込まれる懸念や、リスクの増加を指摘する声がある」

 法改正により「行使が可能となる」集団的自衛権は「存立危機事態」に限られる。きわめて限定的である。記事がそう明記しない理由は何か。同様に次の「常時」も針小棒大。最後に至っては論外。もし「自衛官OBの中に」そうした「懸念」や「声がある」としても、そうでない声も多数ある。実際にOBや現場の声を拾いながら「リスクの増加を指摘する」なら、記事の「集団的自衛権の行使」や「後方支援」ではなく、国連PKO(における安全確保業務)を例示すべきである。どう考えても、後者のほうがリスクは高い。事実ほぼ毎年、3桁の犠牲者を出している。

 だが『朝日新聞』の「報道」は違う。法案の可決成立を受けた9月20日付朝刊1面のトップ記事でもこう書いた。

「歴代政権が認めてこなかった集団的自衛権の行使を憲法解釈の変更によって容認したことに加え、自衛隊が他国軍を後方支援する際、自衛隊の活動地域をこれまでより拡大させることで、自衛隊のリスクが一層高まるとの指摘もある」

 本気でこう勘違いしているなら、ジャーナリズムとして恥ずかしい。そうでなく意図的なら、じつに罪深い。国連PKOへの自衛隊派遣は、いまや国民世論の大半が理解し、賛成している。他方、集団的自衛権行使への理解は少ない。だからPKOを避け、集団的自衛権を指弾した。そういう意図であろう。ならば、本心から「自衛隊のリスク」を心配しているわけではない。

 近い将来、自衛官は避け難いリスクに直面すると思う。先般「自衛官OB」として出演した番組でもそう明言した。ただし、私がOBとして(加えていえば、いまも防衛大学校生の父親として)「懸念」するリスクは「憲法解釈の変更」とは関係ない。本来ならいうまでもないが、集団的自衛権より個別的自衛権行使のほうが桁違いにリスクは高い。

 護憲派が何でもかんでも「集団的自衛権」のせいにしたり、「戦争法案」とレッテルを貼ったり、「徴兵制の不安」を煽ったりしたせいで、実際の問題点が見えなくなってしまった。現場が抱くリアルな懸念や、実務上のリスクが伝わらなかった。いまなお現場の思いは国民に届いていない。