アイドルとは何か


 「アイドル」の定義は明確に確立しているわけではないが、現在では、いわゆる「アイドル」の辞書的語義である「偶像」に由来していることだけは、おおむね一致している。つまりは、「崇拝」あるいは「憧れ」の存在ということである。

 もちろん、「偶像」自体、宗教からきている言葉で、昔から存在したわけだが、アイドル論の文脈でいう「アイドル」は、1960年代くらいから用いられ、1963年に封切られた『アイドルを探せ』というフランス映画によって、広く市民権を得るようになった。

 ただ、1960年代に「アイドル」という言葉が登場したと言っても、当時はまだ「スター」という呼称が支配的であり、「アイドル」が本格的に使われたのは1970年代以降である。ちなみに、1971年に、天地真理、南沙織、小柳ルミ子の「アイドル3人娘」がデビューしている。

スターとアイドル


 図式的に言えば、この二つの呼称は、主たる活躍の場(メディア)で分けられ、簡単に言えば、スターは映画、アイドルはテレビである。

 映画の観客=受け手は、わざわざ時間を作って映画館に行き、お金を払って閉鎖空間に身を置く。これは「映画を観たければ映画館に来い」ということで、送り手=制作者がイニシアチブを握っている構図である。スターは、そこに現出された非日常的空間で、勇猛果敢なヒーローや見目麗しき美女を演ずる存在である。だから、そのカリスマ性を維持するために、できる限り日常生活を隠して「神秘性」を高める必要があった。ファンたちも、スターを神格化し崇め奉るわけで、ある意味、「擬似宗教」である。これが、全盛期のハリウッドが構築した「スターシステム」である。

 一方、アイドルは、特にわが国で発達した文化表象現象で、圧倒的美男美女よりも、隣のクラスのカッコいい子や可愛い子といった手の届く「親しみやすい」存在である。

 そもそもテレビは、初期こそお茶の間やリビングの特等席に鎮座していたわけだが、次第に、食事を食べながら、寝転がりながら見る日常的メディアとなり、それゆえ、次第に受け手が優位であるような錯覚を感じさせてしまうのである。受け手は「選択の自由」しかないわけだが、やはり、視聴率が幅を利かす世界なので、制作者が視聴者に媚びへつらうようになってしまう。

 その結果、テレビでは、たんにドラマで演じたり音楽番組で歌ったりするだけではなく、トーク番組やバラエティ番組に出て素顔をさらすことがかえって好感度を高めることになるのである。お高くとまった「スター」は、次第に敬遠されるようになっていった。

 言ってみれば、「スター」がカリスマ性を維持できたのは「映画」という非日常的メディアが活躍の場だったからであり、「テレビ」が日常化して、視聴者の生活に浸透していくようになると、「スター」から「カリスマ性」や「神話性」が剥奪され、より親しみやすい存在である「アイドル」が求められるようになっていったのである。