夏野剛(慶應義塾大学 政策・メディア研究科特別招聘教授)

 突然官邸から降ってきた携帯電話料金の値下げ要請に携帯電話会社のみならず総務省も慌てている。この議論により、寡占市場になり競争忌避の傾向が見られる通信業界と、業界の変化のスピードについて行けない総務省の通信行政の問題があぶり出されることになったので本稿ではそれを解説したい。

 総務省が携帯電話業界に大規模に介入するのは初めてではない。2007年、スマートフォンが市場に出る前、総務省は「モバイルビジネス研究会」を設置し、携帯電話会社の販売モデルの見直しを求めた。同年12月には総務大臣が各社の社長に口頭でインセンティブや実質端末値引きをやめるように指導、これに従う形で2008年4月から各社「横並びで」端末をほぼ定価で販売することになった。同時に割賦販売が導入され、その後通信料金はさらにわかりにくくなる。しかも同年7月からソフトバンクがiPhone 3Gを販売開始するが、ソフトバンクとアップルの間の取り決めで端末価格は安売りされることになり、いわゆるガラケーは5万円近くするのに、最新のiPhoneは3万円前後という不可思議な状態が出現することになる。総務省はスマホの普及を予測していなかったためスマホの安売り販売を放置、その後スマホは値引き販売が常態化し再び以前の状態に逆戻りすることになる。
ソフトバンクモバイルが国内販売する「iPhone 3G」の発売当日には1500人以上が行列を作った=2008年7月11日午前7時、東京・表参道(緑川真実撮影)
 そもそもなぜ総務省がビジネスモデルに介入したかというと、(1)通信料金に端末料金が転嫁されることで消費者にとっても料金が分かりにくくなると同時に買い換え期間によっては不公平が生じる、(2)端末安売りをするキャリアがメーカーに対して圧倒的に強い立場になり、メーカーの自主性が損なわれ、メーカーの国際競争力が落ちた、(3)国際的に見て携帯電話業界は水平分業が普通であり、日本のキャリアを中心とする垂直統合モデルは是正すべき、といった理由である。しかし、この頃世界では水平分業モデルからスマホによる垂直統合モデルへの大転換が起こり始めたときであり、皮肉にも総務省がベンチマークとしたノキアやモトローラといった通信メーカーが凋落し始めることになる。総務省およびモバイルビジネス研究会のメンバーは完全に市場を見誤ったと言える。

 なぜ総務省はそんな行動をとったのか。そもそも官僚がビジネスモデルを議論できるわけがないし、モバイルビジネス研究会のメンバーも大学教授やアナリストばかりで、経営経験のある人はいない。そんないわば苦手な領域になぜ踏み込んでいったのか。

 ここに総務省の焦りを強く感じる。そもそも総務省(旧郵政省)は永らく通信業界の発展を主導してきたという自負があった。固定電話の時代には電電公社ならびにNTTの一挙手一頭足をすべて把握し業界を指導してきた。変調するのは携帯電話の台頭だ。90年代に固定電話会社から分離された携帯電話事業は行政も経営者も市場が爆発するとは想像し得なかった。し得なかったが故に、行政はあまり介入しなかった。固定電話時代と同じように標準化や3Gといったネットワークに関する行政は活発だったが、データ通信やiモードのような付加価値サービスにはまったくついて行けず、総務省の主導なく業界が大きく発展する。もちろんその間いろいろな形で介入しようとしたが奏功しなかった中で、2007年になってようやく無理やりビジネスモデルに介入することになる。いわば主導権をとれなかった官僚の焦りとも見える。