今回の値下げ要請も8年前の光景と重なる。総務省は、90年代に固定から携帯という業界のパワーシフトについて行けなかったごとく、今回は全世界的なスマホへのシフトという潮流を見極められず、スマホ普及による通信業界の地殻変動を主導するどころか、後手後手に回ってしまった。その点で行政としてなすべき事を探し続けていたと思う。そこで行き着いたのが「料金値下げ」とみれば説明がつく。

 が、実態は大きく異なる。今回のもっとも大きな特徴は官邸からの動きであったという点だ。通常、総理が個別業界の事に言及することは珍しい。実際、総理発言の直後は総務大臣も総務省も対応が混乱していた。当然通信業界も困惑していた。

 官邸の論理はマクロ的な観点を起点としている。家計所得に占める通信料金の比率が高いこと、通信各社の利益額が大きすぎることという明らかな事実を突きつけた。これに対して目立った反論はおろか、同情の声はほとんどない。多くの国民が総理の言うことに同意しているように見えるし、産業界からも目立った官邸批判はない。これには背景がある。

 一つは「イノベーション」だ。2000年代の携帯電話会社は輝いていた。日本のインターネットの発展はケータイから始まったと言っても過言ではないほど、携帯電話会社がネット界の中心に存在した。毎年のようにイノベーションが起こり、あっと驚くような機能が次々実現されていった。その当時のドコモは1兆円以上の利益を上げることもあったが、儲けすぎ批判も大きな声にならなかった。まさに現在のアップルやグーグルのように、次々にイノベーションを生み出す会社に対する値下げ要求は大勢とならない。ところがスマホ時代になり、通信事業者からの大きなイノベーションはほとんど起きなくなった。通信会社はイノベーションを生み出す会社からいろんなサービスを売る販売会社的な役割に変質していく。

 もう一点は「競争」である。ソフトバンクが参入した2006年から熾烈な料金競争が行われていた。シェアの小さいソフトバンクが大攻勢を仕掛け、それを受ける形で他の通信会社が料金を引き下げる。さらにスマホシフトで通信会社間のサービスの違いがなくなると競争するポイントは料金だけになる。

 しかしソフトバンクが国内市場でシェアを上げ3社のシェア差が縮まったところで、スプリント買収が起こる。スプリントを買収したソフトバンクは戦略を転換、国内の利益をなるべく確保しアメリカを主戦場とする方向へ。料金競争は納まり、付加サービスの押し売り合戦が始まる。結果、3社とも大きな利益を恒常的に出せるようになり、それを国内での再投資にあまり向けず、海外に資本投下するか、内部に貯め込むという戦略になってしまった。まさに適度な心地よい寡占市場となってしまったのだ。

 大きな利益を上げていても競争が激しく、またイノベーションを起こし続けている自動車業界は非難されないように、企業として大事なことは利益の追求と社会との共存である。今回の料金値下げ騒動は、競争を忌避し、イノベーションも主導しないにも関わらず巨額の利益を上げ続ける携帯電話各社に痛烈なメッセージとなった。ここに目をつけた官邸はさすがとしかいいようがない。最も冷や汗をかいているのは監督官庁の総務省であろうが…。