大江紀洋(Wedge編集部)

 前篇では、週刊誌記事の問題点を紹介したが、福島の低線量被ばく報道をめぐる問題は、週刊誌に留まらない。信頼がありそうな大手メディアにもおかしな報道はたくさんある。

 10月20日、厚生労働省は東京電力福島第一原子力発電所事故後の作業員に対し、がんで初めて労災が認定されたと発表した。原発の業務に従事したのは1年あまり、累積被ばく量は約20ミリシーベルトという40代男性が、血液のがんである白血病を発症したという(職業被ばくの制限は5年で100ミリシーベルト)。

 各紙はどう報道したか。

 作業に伴う被ばくと疾病に「因果関係がある」としたのは朝日新聞(その後「一定の因果関係」に修正)だ。「因果関係が否定できない」と書いたのは日経新聞と時事通信。厚労省の発表に沿って「因果関係は明らかではないが労働者補償の観点から認定された」と正確に書いたのが毎日新聞、産経新聞、共同通信だ。

 国立がん研究センターの調査によれば、40代前半の男性の年間白血病罹患率は10万人あたり4人(2011年のデータ)である。福島第一原発の作業員は事故後約4.5万人を数えるため、数名程度の白血病患者が発生しても自然発生率と変わらない。こうした比較なしに「因果関係がある」(朝日)と書き切ってしまう記者は不思議だ。
歩道沿いのごみを拾う高校生ら。「故郷をきれいにしたい」との思いから大勢の人が参加した=10月10日、福島県広野町(野田佑介撮影)
歩道沿いのごみを拾う高校生ら。「故郷をきれいにしたい」との思いから大勢の人が参加した=10月10日、福島県広野町(野田佑介撮影)
 「因果関係が否定できない」という言葉も要注意だ。そもそも、どんな病気でも因果関係がはっきり「ある」と肯定できたり、「ない」と否定できたりする例はなく、多くが「因果関係があるかないかわからない」のである。その意味で因果関係が否定できないという表現は誤りではないが、厚労省が「明らかではない」と言っているのをわざわざ「否定できない」と書くのは何らかの意図があるということだ。

 問題はメディアだけではない。専門家であれば信用できるというわけでもない。

 「福島で18歳以下の甲状腺がんが多発」とする分析を発表したのは津田敏秀・岡山大学教授だ。10月8日に外国人特派員協会で行われた津田教授の会見を受け、朝日新聞と提携するハフィントンポストは「福島の子供の甲状腺がん発症率は20~50倍」と記事を打ち、ネット上に広く拡散された。

 「20~50倍」の比較対象は、国立がん研究センターが調査した罹患率なのだが、これは自覚症状があって病院に行き、エコー検査を受けて甲状腺がんと確定した人の率である。

 一方、福島の県民調査は自覚症状のない人もしらみつぶしにエコー検査した結果だから、スクリーニング効果という“掘り起こし”が起きる。津田教授は根拠も示さずに「20~50倍はスクリーニング効果では説明できない」とするが、幅広いエコー検査を導入した韓国では検査率が15~25%に上がっただけで罹患率が15倍になったというデータがある。

 なにより、仮に福島で甲状腺がんが多発しているとしても、被ばくとの因果関係は立証することができない。実測や環境から推計される甲状腺の被ばく量は十分に低いからだ。外部被ばくや内部被ばくの実態については、前篇記事をご覧いただきたい。

 前篇記事では、「放射線管理区域」という概念を用いたトリックを紹介した。本稿で紹介した白血病や甲状腺がんの「言い回し」に共通しているトリックは、適切な比較対象がないことだ。

 賢明なる読者の皆さんは、放射線管理区域を持ち出す記事や、適切な比較対象のない記事の取り扱いにはくれぐれも注意されたい。