斎藤貴男(ジャーナリスト)
 

 マイナンバー制度に関しては、若干のセキュリティの不安はあるものの、これからのビジネスをも変える新しい仕組みとして大いに期待されている風潮がある。だが、この「番号制度」が我々にもたらすものは利益だけなのか。

住基ネットをベースに始まる「番号制度」


 セキュリティやプライバシー侵害の問題から不参加の自治体が続出するなどして話題となった「住民基礎台帳ネットワークシステム(以後、住基ネット)」の運用開始から14年が経つ来年、「マイナンバー制度」の運用が始まります。マイナンバー制度は、民主党政権時代の2011年に法案が閣議決定され、社会保障の諸制度を公正・公平に適用するために正確な所得把握が必要であるという主張から生まれた格好です。しかし、すべての国民に固有の番号を振り、個人を識別して管理しやすくする「国民総背番号制」については、1960年代以来、政府が一貫して導入を目指していたナショナルプロジェクトでもありました。60年当時、国民の大反発により断念されたものの、その構想は歴代政権に受け継がれてきたのです。

   住基ネットの導入が進められていた当時、私はこの制度の取材を通して、国民一人ひとりの個人情報や行動履歴を一元監視・管理する「国民総背番号制度」ではないかと不信感を覚え、住基ネットの差し止めを求めて訴訟を起こしました。 

 住基ネットは、居住地以外でも住民票の写しを交付できるようになるなどの利便性をうたっていますが、実際、住民票を取る機会など、年に何回もあるものではありません。また、身分証明書となる「住民基本台帳カード」の普及率も5%ほどです。

 そんなこともあり、あまり話を聞かなくなりましたが、実は今回のマイナンバー制度はこの住基ネットの情報を基盤に話が進められています。住基ネット運用開始時に私たちには、11ケタの「住民票コード」が割り当てられており、マイナンバーは、それをベースに番号が割り振られるのです。

ビッグデータ活用に色めき立つIT業界


 マイナンバー制度は、2013年3月に国会に提出され、わずか2カ月の審議で可決・成立されました。来年から始まる制度は、当面、社会保障と税、災害分野に限定されます。ですが、スタート前から早くも「共通番号(マイナンバー)法」等の改正案が閣議決定され、国会に提出されています。改正法案は、「金融分野、医療等分野等における利用範囲の拡充」をうたっており、「預貯金口座へのマイナンバーの付番」「予防接種履歴の地方公共団体間での情報共有」が強く推し進められています。他にも、旅券事務、自動車検査登録などへの活用も検討されています。

 今後、民間でも利用できるようになることで個人番号を使う場面が増え、それによって個人番号と個人情報や行動がひもづけされていくのは恐いことです。

 従来の日本の番号制度は、住基ネットの住民票コードをはじめ、基礎年金番号、旅券番号、運転免許証番号など、分野ごとでバラバラで、番号自体にはほとんど意味はありませんでした。「マイナンバー」という“マスターキー”が誕生したことで、今後は運用する側にとっては個人の行動履歴を名寄せし、把握・記録していくことが容易になったのです。いわゆる「ビッグデータ」への利活用も予定されています。個人一人ひとりのほとんど人格までが丸裸にされ、それぞれのデータに合った商品やサービスを絶えず“お勧め”され続けなければならない時代が、すぐそこまで来ています。

 楽天の三木谷浩史社長が率いる経済団体「新経済連盟」は、今年4月、「マイナンバー制度を活用した世界最高水準のIT国家の実現に向けて」という提言を安倍政権に提出。5月には、自民党経済好循環実現委員会のヒアリングで、総額150兆円の経済効果をうたうマイナンバー活用策を提示しており、IT業界を中心にその利用範囲は広がっていくことになるでしょう。しかし、利便性や生産性ばかりが追求・強調され、そこにいるはずの人間の存在が見えなくなっているように思えてなりません。 

中小・零細企業にとっては負担が増えるだけ


 マイナンバー制度は良いことづくめのように喧伝されています。ですが、政府の説明や礼讃本をいくら読んでも、行政や大企業、それらに勤務する公務員や一流ビジネスマンのメリットはたくさん書かれているのに、零細企業や個人事業主、非正規労働者への影響はまったく触れられていません。なぜでしょうか。そうした層にとってはデメリットのほうがはるかに多いと考えられるからです。

 税の公平性強化を前面に掲げるマイナンバー制度においては、扶養控除や社会保険の届け出など、給料や報酬に関わる部分ですべてマイナンバーを使用しなければならなくなったため、雇用主は社員やパート、アルバイトだけでなく、その扶養家族や取引先業者などの番号を集め、管理する必要があります。その保管や廃棄について政府はガイドラインを示していますが、十分なレベルのセキュリティシステムを取り入れるには多額の費用や手間がかかります。大企業なら専門の部署を作ることもできますが、規模の小さい事業体には不可能です。そのうえ、万が一漏えいした場合、最大で「4年以下の懲役、または200万円以下の罰金」という罰則もありますので、対応に苦しみ、負担に耐えかねた事業者の中には、廃業や倒産に追い込まれるところが少なくないはずです。

 厳密な運用は諸刃の剣でもあります。アルバイトや登録型派遣で生活している人たちは、1年のうちに2ケタから3ケタの相手から仕事の対価を受け取ります。ということは、相手の数だけマイナンバーを知らせなければなりません。当然、漏えいのリスクも高くなる。原稿料や講演の謝礼で食べている私自身も同じ立場なので、内閣府の窓口に問い合わせてみましたが、こんな具合でした。

 ──番号が漏れたためになんらかの損失を強いられたら、どうなるのでしょう?
「罰則規定がありますので問題はありません」
 ──どこから漏れたか特定できない場合は、制度を作った国が補償してくれますか?
「さあ……」

 つくづく呆れました。こうなってしまったら、運を天に任せるしかないのでしょうか。

これから私たちにできることとは?


 マイナンバー制度はさまざまな問題を抱えています。先述しましたが、私が何より懸念するのは、「見える化」によって監視社会が促進されることです。このまま制度が進んでいけば、監視カメラ網や携帯電話のGPS機能などが連動して、個人の一挙手一投足までが記録され、データ化されていくことでしょう。情報化社会の中でそれは便利な一面でしょうし、事件の性格によっては犯罪捜査の面でもそれなりに役立つかもしれませんが、それだけで収まる保証はありません。

「見える化」で何もかもを「見る」のは、システムを運用する側です。言わば“神の目”を持つことになる人々が現われる。言論や思想の統制に使われないほうが不自然でしょう。人間の尊厳に関わる問題です。今から番号を割り振られる私たちはまだしも、これから生まれてくる子供たちは、番号があることが当たり前の社会となってきます。果たして「人間らしさ」とはなんなのか──私たちにできることは、それを忘れないようにすることだけです。

さいとうたかお 1958年、東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業。イギリス・バーミンガム大学大学院修了(国際学MA )。日本工業新聞記者、週刊文春記者などを経てフリーに。著書に、『プライバシー・クライシス』(文春新書)、『住基ネットの<真実>を暴く―管理・監視社会に抗して』(岩波ブックレット)、『戦争のできる国へ―安倍政権の正体』(朝日新書)など多数。

取材・構成:『THE21』編集部