下川正晴(毎日新聞元論説委員)

 慰安婦の多様な存在を描いた『帝国の慰安婦』の著者、朴裕河・世宗大学教授(日本文学)を、韓国検察が「名誉毀損」で起訴したことで、日韓間に波紋が広がっている。石橋湛山早稲田大学ジャーナリズム大賞を受賞した朴教授は10日、授賞式に来日して多くの大学、報道関係者から祝福を受けた。しかし、韓国では支援声明の一方、彼女を批判する声明や記事が続いている。評価の高い研究書の著者を起訴した韓国検察の異例の決定は、「慰安婦問題の解決」をめぐって混迷を深めるリベラル派や、韓国世論に微妙な分裂傾向をもたらした。本稿では併せて、韓国の代表的新聞「朝鮮日報」の論調も批判する。(文中敬称略)
石橋湛山早稲田大学ジャーナリズム大賞を受賞、表彰状を受け取る朴裕河・世宗大学教授(下川正晴撮影)

「和田春樹」の名前がない


 日米の学者文化人54人は11月25日、東京で記者会見して「抗議声明」を発表した。韓国では12月2日、本人が記者会見して起訴の不当性を訴える一方、学者文化人152人が彼女を支援する声明を発表したが、逆に、韓国挺身隊問題対策協議会(以下、挺対協)に近いソウル大教授ら7人は、彼女を批判する声明を発表した。

 第1回公判は12月14日にソウルで予定されていたが、裁判が単独制から合議制の法廷に切り替わり、直前になって急きょ日程が延期された。

 「起訴抗議」声明の賛同人には、ちょっとした異変があった。「慰安婦問題」では常連の和田春樹・東大名誉教授の名前がなかったのだ。「和田さんはどうしたんですか、って問い合わせがだいぶ来た」と関係者が言う。かねてから「親韓親北」性向で知られる和田氏は、慰安婦問題解決のための官民団体「アジア女性基金」の専務理事を務めるなど、この問題に深く介在して来た。なぜ、賛同人から外れたのか?

 「和田さんからは、今回は遠慮したい、と言って来た。最近は、挺隊協と不即不離の関係にあり、彼らを刺激したくなかったのではないか」。声明関係者たちは一様に説明した。その和田氏は11月中旬、私的な勉強会で「慰安婦問題の解決は近い。年内解決も望める」と楽観論をぶっていたという。「ちょっと情勢から遊離してると思い、違和感があった」と出席者。奇しくも11月中旬には、韓国挺対協のユン・ミヒャン代表の姿も東京にあった。「ファンドメーキング(資金調達)が主目的」とのことだったが、初旬の日韓首脳会談を受けて、日本政府関係者との接触もあったと見るのが自然だ。

 記者会見で「しきり役」だった若宮啓文・朝日新聞元主筆が、事実上の「賛同人代表」と見て良い。彼は記者会見で「現役政治家からも賛同の申し入れがあったが、今回は辞退いただいた。慰安婦問題と関連の深い河野洋平さん(元官房長官)と村山富市さん(元首相)だけにお願いした」と言明した。

 田中明彦(東大名誉教授)山田孝男(毎日新聞特別編集委員)という「保守の論客」が賛同人にいるのも、この手の声明では珍しい。「短期間にもかかわらず、幅広い方々から賛同を得られた」(若宮)ということでもあるが、これは『帝国の慰安婦』が、毎日新聞系列のアジア調査会が選定する「アジア太平洋賞特別賞」を受賞したという経緯があるからだ。在米の学者5人が名を連ねたのは、東郷和彦(元ソ連大使)の功績が大きい。京都大教授の小倉紀蔵は、声明の「韓国語版」作りを担当した。賛同人の事務局は、西成彦(立命館大教授)である。