河合雅司(産経新聞論説委員)

 2020年の東京五輪開催が決まり、日本中で盛り上がりを見せているが、「2020年」は五輪の開催年としてだけでなく、日本人の記憶に刻まれる年となりそうだ。この年をピークに、東京でも人口減少が始まるからだ。それは、東京が高齢者であふれることを意味する。2010年から2025年の15年間に75歳以上が最も増えるのは東京だ。123.4万人から197.7万人へと74.3万人もの激増となる。

東京で高齢者が激増


 高齢者数の激増は大阪や愛知など大都市圏を抱える府県に共通する。高齢者の激増で問題となるのが介護である。大都市はビジネス中心の効率性を追求した街づくりを行ってきており、介護の基盤整備が遅れているからだ。

 施設整備率は低く、在宅サービスも整っていない。家族や地域の支援をあてにしようにも、3世代同居の割合は低く、交際関係は職場中心という人が少なくない。しかも、地方に比べ介護職種の人材確保が困難ときている。

 そうでなくとも全国的に高齢者の1人暮らしが増える。2030年には75歳以上世帯の38.7%が単身者、夫婦のみ世帯も30.5%となる。

 政府は、医療・介護を「病院完結型」から「地域完結型」へとシフトさせていく方針だ。現在8割近い人は病院で亡くなるが、高齢者が激増すれば病院のベッド数が追いつかなくなる。だからといって、簡単にベッド数を増やすわけにもいかないからだ。

 要するに、治る見込みがなくなったら、自宅で静かに“その時”を迎えてもらいたいということである。だが、大都市が置かれた実情を考えると、とりわけ1人暮らしの場合は、追い立てられるように退院しても、自宅での闘病生活は回っていかない。

 政府は、特別養護老人ホーム(特養)の入所要件も「要介護3」以上の中重度者に限定しようとしている。認知症が増えることも考えると、かなり手厚い訪問サービスがなければ無理である。

現実的でない「在宅」


 家族がいても、働いていたり、高齢夫婦のみで世話をする人がいなければ1人暮らしと大差はない。「施設から在宅へ」という政策転換は、理屈では正しいが、現実が追いついていないのである。

 厚労省は対応策として、団塊世代が75歳以上となる2025年をめどに、自宅をベースとして、医療機関や介護サービス、生活支援や介護予防事業などが一体的に提供される「地域包括ケアシステム」を構築する考えだ。

 高齢者が激増する大都市については、有識者検討会が、人口密度が高く交通網が発達した「都市部の強み」を生かし、24時間定期巡回サービスやサービス付き高齢者向け住宅、空き家を活用した安価な低所得者向け住宅の整備を促す報告書をまとめた。

 急増する大都市の介護ニーズに応えるには、これらのアイデアを含め、考えつくことはすべてやることだ。

家族介護に報酬払え


 そこで、当欄も2つ提言したい。第1は、大都市と地方の自治体が介護を通じた“合併”を図ることである。

 大都市は、提携する地方の自治体の行政全般に対して、人的、財政面を含め全面支援する。働き盛り世代が地方の高齢者を手助けするボランティア制度など、住民同士の交流も積極的に図る。

 これに対し、地方の自治体側は、土地提供をはじめ大都市の住民向けの介護施設整備に協力する。1人暮らしや高齢夫婦のみ世帯が多い大都市では施設を必要とする人が増えるが、高地価で簡単に整備できない。交流を深めた自治体の土地に建設することで待機者を減らすのである。

 一方、人口減少が深刻化する地方にとっても、大都市との提携はメリットが大きい。都道府県の枠を超えた「21世紀型の広域行政」となる。

 2つ目は、家族を介護スタッフとして組み込むことだ。これまで介護は、献身的な女性たちの無償の力で支えられることが多かったが、自分の家族の介護に携わる場合は、介護保険から報酬を支払い、仕事として確立するのだ。

 最低限の研修を義務づけ、しっかり介護を行っているかのチェックも必要だが、これなら、介護で仕事を辞めざるを得ない人の収入の手助けになるし、介護労働力不足の解決にもつながる。仕事にやりがいを見いだし、そのまま介護職に就く人が出てくるかもしれない。

 いずれも乗り越えるべきハードルは高いだろうが、常識を破らなければ、高齢者激増時代は乗り切れない。