児玉克哉(社会貢献推進機構理事長)

 韓国の自由な議論の環境が損なわれつつあるという懸念があります。韓国は1990年代に民主化を進め、以前の軍の独裁的な政権から大きく変わりました。自由主義国というにふさわしい国になったか、と思っていました。そして経済発展も遂げ、先進国のグループへと入ってきました。

 しかし最近の2つのケースはそうした韓国のイメージを大きく壊すものですし、韓国における言論の自由を憂うものです。

 まずは、産経新聞の加藤達也・前ソウル支局長の逮捕の問題です。加藤前ソウル支局長は韓国の朴槿恵大統領の名誉を傷つけたとして名誉毀損罪に問われています。しかし記事の内容などを見ると、海外メディアがこの程度のことを書いて逮捕されるとすると、言論の自由の視点から大きな問題です。これではメディアは政府、あるいは政府関係者の批判めいた記事を書くのにためらってしまいます。これではメディアの機能を果たせなくなります。この裁判の判決公判について、ソウル中央地裁は予定されていた11月26日の期日を12月17日に延期したことが報道されています。中央地裁は、期日延期の理由について「記録や海外の判例などを、より慎重に検討する必要があるため」としています。「政治的配慮」がありそうです。なんにしてもこの逮捕はメディアの報道の自由の視点から大きな問題があります。

ソウル中央地裁に入る加藤達也・産經新聞前ソウル支局長(左から2人目)=2015年10月19日、韓国・ソウル(大西正純撮影)
ソウル中央地裁に入る加藤達也・産經新聞前ソウル支局長(左から2人目)=2015年10月19日、韓国・ソウル(大西正純撮影)
 もう一つは韓国・世宗大の朴裕河教授が元慰安婦に対する名誉毀損の罪で在宅起訴された件です。これは歴史家の中でも見解が分かれるところです。というよりも研究がさらに進められる必要のある分野です。政治的にもなっているケースですから、慎重に学問の世界での議論を待つ必要があります。そこにいきなり在宅起訴となると、学問の自由も限定されることになります。朴教授が「帝国の慰安婦」において慰安婦を「自発的な売春婦」であったかのように記述していることが「学問の自由を逸脱した」とソウル東部地検は結論づけています。ここまでくると、さすがにやりすぎです。

 韓国の言論の自由度が問題とされています。メディアと研究者は時の政治権力者の事業や考えなどにもチェックを入れる役割を担います。それが許されない社会となると、誰がチェックするのか。今回のケースをみると、検察や司法も一体に近い形で動いているようにみえます。

 産経新聞の加藤達也前ソウル支局長の件に関しては、国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」(本部パリ)は加藤前支局長に懲役刑を科さないよう求める声明を発表しています。国際的な問題ともなっています。

 朴大統領がセウル号沈没の時にどのような行動をしていたかは、別の形で明確にすべきですし、もし、加藤氏が書いたことに過ちがあるなら、訂正の記事を書くべきでしょう。しかし、それで起訴されるようでは問題です。

 慰安婦がどれだけ日本の国家から強制されていたかも、学問の分野で明らかにしていくべきものでしょう。見解によって分かれるだけに慎重に進める必要があります。

 こうした一連のケースは問題をさらに複雑にするだけのように思います。言論の自由を確保する中で、本質的な議論が行われるべきです。