西岡力(東京基督教大学教授)

 本日、産経新聞加藤達也元支局長の名誉毀損裁判で無罪判決が出た。言論の自由という観点で当然な判決だ。加藤元支局長をはじめとする関係者のご苦労に敬意を表したい。韓国にとっても良かった。私は約40年間、韓国を研究してきた。北朝鮮に一党独裁の軍事政権が存在し、虎視眈々と赤化併呑しようと狙っている中、韓国の自由民主主義は紆余曲折を経つつも進歩してきた。しかし、今回の加藤記者に対する裁判は、その歩みに逆行するもので憂慮していた。

 自由民主主義国である韓国では最高指導者も言論の批判の対象だ。加藤記者が書いたコラムはまさに公人としての朴槿恵大統領の動静に関する公的関心にもとづくもので、記者本人が主張しているように、大統領個人を誹謗するものではない。日本語ウェブサイトに日本人読者を対象に書いた記事が、韓国の国内法で裁かれること自体あまりにも異例であり、政治的意図すら感じてしまった。
無罪判決をうけて、会見にのぞむ加藤達也前支局長。知人を見つけ笑みをのぞかせた=17日、韓国・ソウル (大西正純撮影)
無罪判決をうけて、会見にのぞむ加藤達也前支局長。知人を見つけ笑みをのぞかせた=17日、韓国・ソウル (大西正純撮影)
 産経新聞が歴史認識問題などで現在の韓国側の主張を批判してきたことが、今回の起訴の背景だという憶測が広がっていた。私は様々な機会に、そのような憶測が広がっていること自体、韓国にとって大きなダメージであると強調してきた。

 韓国の言論界や法曹界でも無罪判決が当然だという意見はかなり多かった。また、私は裁判開始後、ソウル市内の飲食店で加藤元支局長と何回か飲食を共にしたが、そのとき聞いた街の声はみな加藤氏を激励し、言論の自由の観点から朴槿恵政権を批判するものだった。その意味で、無罪判決は韓国の自由民主主義を救ったと言えよう。

 なお、判決の前に、韓国外務省が、朴大統領をめぐる噂については既に虚偽と明らかになっていることやこの裁判が韓日関係改善の障害になっていることなどを考慮し、「善処を望む」という要望が提出されたという。噂が虚偽だったという点は、裁判の過程で明らかになった事実だが、本来なら韓国政府は、最初から刑事裁判ではなく言論を通じて噂を否定するべきだった。

 韓国の言論の自由に関して、先人たちがどのような努力をしてきたのかを象徴する次のエピソードを私は繰り返し書いてきたが、それをここでも再録しておく。1970年代、朝鮮日報の大幹部S氏が私の韓国研究の師匠である田中明先生に次のような経験談を紹介した。両氏とも故人であり、確認することができないので細部は違っているかもしれないが、大筋はこのような話しだった。

 70年代に始まった南北対話の一環としてS氏が韓国代表団の一員に選ばれて、北朝鮮代表と対話した。そのとき、北朝鮮側はS氏が言論機関の幹部だと知った上で「なぜ、韓国の言論機関は朴正熙政権の独裁と人権弾圧を批判しないのか。韓国には言論の自由がない」と非難した。それに対してS氏は「韓国と北朝鮮のどちらに言論の自由がないのか、確かめよう。私はここで朴正熙のバカ野郎というから、あなたも金日成のバカ野郎といいなさい」と迫った。それを聞いた北朝鮮代表はばつの悪そうな顔をして黙った。

 そのS氏は、韓国の情報機関が野党政治家金大中氏を日本から拉致した事件直後に、韓国政府の説明に納得できないという趣旨の社説を一人で書いて、最終版にだけ載せて、新しい下着を準備して逮捕されるのを待っていたという武勇伝の持ち主だ。そのとき朴正熙政権はS氏を起訴しなかった。そのような先輩記者らの体を張った戦いによって韓国の言論の自由は守られてきた。今日の無罪判決によってそのような韓国の言論の自由が守られたことは良かったと、率直に思っている。