牧野知弘(不動産コンサルタント)

 マンションの曙は1956年、東京、新宿区四谷に誕生した四谷コーポラスが始まりと言われている。以降59年間、マンションストックは全国で601万戸となり、日本の居住スタイルとしてすっかり定着した感がある。

 昭和の時代までは、マンションは将来一戸建て住宅を取得するまでのステップという意味合いが強かった。いわゆる「住宅すごろく」という考え方である。結婚して賃貸アパートや賃貸マンションに住む。少しお金がたまれば。分譲マンションを買う。そのうちマンションが値上がりするから、マンションを売却して売却益を使って郊外の一戸建てを取得する。定年後はこの住宅で子や孫に囲まれて穏やかな人生を過ごす。こんな絵にかいたような人生を思い描いてきたのが住宅すごろくだった。

 ところが、平成になってマンションは「永住する資産」としての認識が急速に広まった。郊外からの通勤が大変であるのは昔も今も変わらないが、都心部のマンションが安くなって買いやすくなり、今更郊外に住むことなく便利なマンションに永住しようとする考え方が主流となったのである。安くなった原因は小泉内閣だった1996年頃に都心部のとりわけ湾岸部を中心に容積率が大幅に緩和(引き上げ)されたこと、また湾岸エリアにあった工場の多くがアジアへ拠点を移し始めたため、タワーマンションとして供給できる土地が数多く手に入るようになったということである。

 しかし、このマンションという建物が今、厄介な問題を抱え始めている。建物の老朽化と住民の高齢化である。旧耐震制度のもとで建設されたマンションは都心部を中心に約106万戸存在する。築40年を超えるこのマンション群では現在建物の大規模修繕や建替えを巡って大紛糾する事態が相次いでいる。

 マンションは区分所有法に基づき、大規模修繕には管理組合において、議決権を持つ区分所有者の4分の3以上、建替えにあたっては5分の4以上の賛成が必要となる。ところが、マンション住民の多くが高齢化し、子供や孫がこの資産を引き継がない、引き継いでも実際には居住しないという状況のもと、議案をかけても可決できないのである。

 特に年金だけが頼りの生活を続ける高齢者は、大規模修繕や建替えに伴う資金の追加負担には耐えられる構造になく、また高齢化に伴い、問題に対する判断能力にも限界が生じ、「今さえ良ければよい」「何もしないでほっておいてくれ」といった問題先送りが繰り返され、健全な組合運営すら困難になっているところが続出しているのである。

 こうしたマンションはやがて意識の高い住民から脱出が始まり、メンテナンスが行き届かないマンションでは空き住戸が急増し、やがてはスラム化への道を歩むであろうことは想像に難くない。