中西輝政(京都大名誉教授)


独BNDモデルに豪から学べ


 日本の本質的な問題は、どの国も有する国家的情報機関(中央情報機関)を持っていないことだ。

 中央情報機関には3つの特徴がある。まずは各省庁が収集した情報を統合する機能を有すること。次に国家の最高指導部に直結していること。もう一つは政策に一切タッチしないことだ。政策的考慮が働くと情報が偏り、評価・分析もゆがんでしまうからだ。

 日本にも防衛省や外務省、警察庁や公安調査庁などに情報組織があるが、各省庁に所属する部署にすぎない。首相に直結していないため、省益に引きずられやすい。首相官邸の合同情報会議など関係省庁が集まる場はあるが、全省庁の情報を集約する機関はない。

 欧米諸国もかつて日本と同じ仕組みだったが、その弊害に気づき改めた。日本だけ欧米の19世紀のパターンがなお続いているのだ。

 平成25年に国家安全保障会議(NSC)が創設されたが、NSCは情報を利用する機関であり、情報を集める機関ではない。まず情報機関を作り、次にNSCを作るのが筋だが、日本はその逆で家屋の2階を先に作り、後から1階を作ろうとしている。政治上やむを得なかったとはいえ、中央情報機関がない限り、NSCが十分な機能を発揮することはできない。

 では日本が中央情報機関を作るにあたり、どの国をモデルにすればよいか。

 米国のCIA(中央情報局)や英国のSIS(MI6)は特殊な政治的伝統や国民意識に支えられており日本とはかけ離れた存在だ。例えば英国は社会全体が秘密主義だ。情報機関が暴走することがあっても覇権大国としての歴史もあり、国民にそれを制御できる懐の深さがある。メディアにも情報機関への知識と理解があり、どの大学もレベルの高いインテリジェンス論の講座を設けている。

 絶対に見習ってはならない例もある。中国やロシアなどの情報機関だ。全体主義的に国民を監視し、独裁政権に都合よく利用される機関であってはならない。

 私がモデルとしてイメージするのはドイツの連邦情報局(BND)だ。連邦首相官邸に直結し、軍を含めて政府内情報を統合する権限があり、政策には関与していない。

 ドイツは日本と同じ第二次世界大戦の敗戦国だ。日本で情報機関創設といえば「特高警察を作るのか」という反発がある。ドイツもゲシュタポ(秘密警察)という悪い記憶があるが、国民の理解を得ながら乗り越えてきた。対内情報機関である憲法擁護庁(BFV)もあるが、ゲシュタポの過ちを繰り返さぬよう国民の権利保障に常に気を配ってきた。ドイツが平和的な大国として国際社会で重要な役割を果たしているのは、BNDが成功裏に運営されてきたことが大きい。

 ノウハウは豪州やカナダから学ぶべきだ。特に豪州は安全保障面など国益上の共通点が多い。

 全く新たな情報機関の創設は政治的に困難なので、小さな組織で構わないから各省庁から独立した組織を作ることだ。一案として内閣情報調査室を充実させ、合同情報会議と連結してヒューミント(人的情報活動)も行える対外情報機関にするのが最も実現性がある。

 国民の理解も以前より進んできた。「日本もスパイ機関を作って何がいけないのか」という若い世代も増えている。時期も今をおいて他にない。


 なかにし・てるまさ 昭和22年、大阪府生まれ。京都大大学院博士課程単位取得。京都大大学院教授などを経て平成24年に名誉教授。著書に「情報亡国の危機-インテリジェンス・リテラシーのすすめ」「大英帝国衰亡史」など。第18回正論大賞。