私がiRONNAで執筆している連載の前回の記事『国家の独立と安全を「警察」に委ねる日本の非常識』では、なぜ警察権では国防の任を担えないのかということを説明いたしました。今回は、現行憲法で禁止されているとまで言われている集団的自衛権を中心に自衛権について考えてみたいと思います。

衆院平和安全法制特別委員会で可決された安保法案。鴻池祥肇委員長に詰め寄る野党議員ら
=9月17日午後、国会・参院第1委員会室(斎藤良雄撮影)
衆院平和安全法制特別委員会で可決された安保法案。鴻池祥肇委員長に詰め寄る野党議員ら =9月17日午後、国会・参院第1委員会室(斎藤良雄撮影)

 しかし、それにしても先日の安保法制にかかる馬鹿騒ぎを見て、いまだに「安全や平和はタダで手に入る」と思い込み「いかにして国を守るか」ということを現実的な問題として考えられない人が少なくないという、我が国の厳しい現実を改めて実感しました。まあ、政治や国防と無縁の人たちに関しては分からなくもないですが、世論をリードするはずのマスコミや国政を担うべき国会議員のあまりにも無責任な態度には怒りを通り越して呆れかえるほどでした。

 特に短い間とはいえ政権与党として国防の任を担った民主党に至っては対案も出さず前向きな議論も行わずに、ひたすら反対するという小学生でもできることしかせず、挙句の果てには国会の外でデモに興じる始末、最後は国会内でプロレスまがいの乱闘騒ぎ。あの光景を見て日本の政治に絶望感を抱いた人は私だけではないでしょう。

 彼らの言っていることは、国家の存立が脅かされ、国民の生命などの権利が根底から覆される明白な危険があったとしても、これを排除するための自衛権を制限しなければならないということです。いったい国の存立や国民の生命より大事なものとは何なのでしょうか?

 普通に考えれば、国家はそのような事態に陥れば、ありとあらゆる手段を用いて全力で事に取り組むのが当然で、そうあらねばならないのですが、そのような危急存亡の秋においても国家国民を守るための自衛権を制限しなければならないのは何故なのでしょうか。憲法をまもるためですか? いざというとき、彼らは国民に対して「憲法の制約により、あなた方を守れません」とでも言うつもりなのでしょうか。

 おそらく彼らの理屈は、集団的自衛権は「必要最小限度の実力行使」の範囲を超えるから憲法違反だということなのでしょうが、本来は自衛権に個別とか集団の区別はなく「最小限」にこだわるのは、敵を利し自国民の不要な犠牲を増やすだけの結果しかもたらしません。もっと言いますと「必要最小限」の実力行使では、まともに国を守れないのです。いったい自衛隊の実力を、どれだけ高く評価しているのでしょうか。