小黒一正(法政大学経済学部教授)

 日経ビジネス・オンラインの連載コラムでは、軽減税率の導入に反対する理由を5つ説明したが、先般(2015年12月16日)、自民・公明両党は税制改正大綱を決定し、低所得者対策として、2017年4月の消費税率引き上げ時には軽減税率を導入する方向性が正式に固まった。

 軽減税率の対象は「(1) 酒類及び外食を除く飲食料品」および「(2) 定期購読契約が締結された週2回以上発行される新聞」で、消費税率10%に引き上がっても、それらの税率は8%に据え置かれる。その結果、軽減税率の導入に伴う減収額は約1兆円に膨らむものの、現在のところ、政府が財源として確保しているのは4000億円(=低所得者対策の「総合合算制度」分)のみで6000億円の財源が不足するという事態に陥っている。

 もはや軽減税率の導入は政治的に決定済みであり、導入に向けた動きを阻止することは難しい可能性が高いが、上記の財源問題を別としても、そもそも「軽減税率は世界の潮流でない」という視点が最も重要である。

 財政学者といった一部の専門家以外には知られていないが、Ebrill, et al.(2001) 「The Modern VAT」という世界の付加価値税(消費税)を国際比較した良質の専門書があり、その中には極めて興味深い図表がある。具体的には、同書の69ページのTable 7.2であり、これをグラフにしたものが以下の図表である。
(出所)Ebrill, et al.(2001)“The Modern VAT,” International Monetary Fund.
 この図表は、「1989年まで」「1990年-94年まで」「1995年以降」の3期間で付加価値税(消費税)を導入した国々のうち、「単一税率」で導入した国の数(青色の棒グラフ)と、「複数税率」で導入した国の数(赤色の棒グラフ)を表している。

  図表をみると一目瞭然であるが、複数税率で導入する国は急激に減少し、1990年以降は単一税率で導入する国が大勢を占めている。つまり、軽減税率を導入する試みは、いまや世界の潮流ではないのである。にもかかわらず、今回、日本の政治は軽減税率の導入を選択してしまったのである。

 次に、価格弾力性が低い生活必需品(例:飲食料品)に軽減税率を導入しても「効率的」ではない。公共経済学では、最適課税理論で有名な「ラムゼイ・ルール」(個別の財に対する税率はその財に対する需要の価格弾力性に反比例するように決定されるのが望ましい)が存在する。この場合、付加価値税をかけても価格弾力性が低い生活必需品には高税率を適用し、価格弾力性が高い奢侈品には低税率を適用するのが望ましくなる。